古書『智恵子抄』

なぜこうも古い物が気になり始めたのか。

10代20代の頃は、ピカピカの新品が大好きだった。あの頃の私は、古い物はどちらかといえば、懐の都合により渋々我慢して手にするものだったはずだ。

私自身が歳を重ねたからなのか、世の中の流れがそういう方向なのか、最近は古い物が面白い。アンティークショップも再び密かな盛り上がりを見せてきたようだ。古着を素敵に着こなす若者が増え、ヴィンテージ物を粋に現代生活に取り入れている人も多い。

常に鞄には本を入れている私は、書店も新刊の並ぶ大きな書店から古本屋さんまで、街の小さな古書店も大型新古書店も節操なくどこへでも行ってみるわけだが、最近妙に古い本が気になるのだ。それも高い価値がついた古書ではなく、古書店の店先に出ているような均一価格のお手頃本などの中から、決して状態が良いとは言えないような一冊に出会ってしまう。
出会ってしまったら最後、うんうんと書棚の前で迷い唸りながらも、最終的には買ってしまうのだ。そして帰宅後に、やっぱり買って良かったとつくづく思うのは、そんな古ぼけた一冊なのである。


鎌倉には何店か古書店があり、それぞれの店の得意分野も違う。その時に欲しいジャンルに応じてぐるぐると巡っているのだが、賑やかな通りからすぐの古書店で出会ったのは高村光太郎の『智恵子抄』だった。
実は書棚には全く同じ文庫で、全く同じ値段で、状態のよいものがもう1冊あった。装丁は異なり、この本より20年後くらいに出たもので、破れや汚れもほとんど見当たらなかった。


高村光太郎の『智恵子抄』を文庫で読みたいのであれば新刊書店でも手に入る。有名な作品だ。新古書店などではもっと綺麗な状態のものも格安で手に入るだろう。

けれど、どうにもこのカバーも千切れた部分があり、中の紙もかなり茶色になっている一冊が気になって仕方がなかったのだ。
昭和31年に新潮文庫から発行されたものの第33刷。その年は昭和37年だ。
定価70円と印字があり、右端にはどこかの古書店で過去に販売された時の値段「40円」の鉛筆による手書き文字も残っていた。
あとがきとしての「悲しみは光と化す」と「覚え書」は草野心平の文が掲載され、最後のページにはいつかの持ち主の名前かと思われる書き込みもある。


経年でしか得られない、大切な何かを体感したくて、私は古書が気になっているのかもしれない。

例えば新しい本を、様々な発達した技術によりアンティーク風に変化させることもできるだろう。映像などで活躍する美術さんたちの技は本当に素晴らしく、さらに科学的な技も日々進化しているため、もしかしたらどちらが本物かわからないくらいの「ヴィンテージ風新品」を作ることなどプロからすれば訳ないことかもしれない。

けれど見た目は同じでも意味は全く異なるのだ。

ヴィンテージ風とヴィンテージの間には、たった一文字の違いで大きな谷が存在する。
積み重ねられた時間は、お金では購入することは難しい。

あえてボロボロな本を手にした自分について考えてみた。私はもしかしたら絶対に買えないはずの過去の時を買う真似事をしているのかもしれない。

もう目の当たりにすることは叶わない過去を、なんとかして自分の手元に手繰り寄せたい、たとえ手繰り寄せたつもりだけだったとしても。それは自分の生きてきた時間をも超えて、ずっとずっと遡っていく。


遠い昔にたくさん出回った新刊本は、経年変化によって唯一無二の本となった。その過去の時間の結晶を手に入れるには「出会う」しかないのだ。



全ての新品のものについて該当する感覚ではないし、新品の服や本などを買う機会ももちろんたくさんあるけれど、大量生産されるピカピカでペラペラな新品がある時急に色褪せて見えた時があった。何かがおかしい。次々に見えない力に押されて回転させられていく浅い何か。
胸の奥に芽生えたこのキラキラな新品への違和感は何なのだろうかと気になっていたが、オリのように沈ませ放ったらかしにしていた感覚だった。

正解はひとつではないかもしれないが、私が古い物が気になる理由がこの本で少しだけ掴めたように思う。

明確な結論はまだ出せないけれど、ひとまずは、私もこの『智恵子抄』をずっと長く誰かに渡して行ける人の一部になりたい。

まだ見ぬ未来の誰かがこの本を手にできるように、大切に読もう。















I can't understand why I'm increasing the
awareness about vintage items like used books and vintage buttons and clothes.

When I was a young girl, I loved the new cloths, new books, new anything all. These were looked shining and wonderful things.
In those days, I bought many old items but those contained my dissatisfaction. Against my demands for new one, I was patient using old one because I couldn't buy with my little purse.

After the long days, I have been changed my thought. It may be for reason only known to myself or it may change the time. Recently in Japan, many young people enjoy buying the used clothes, and they looks so nice. Many vintage stores seem to be able to do good business.
People who have good taste adopt many vintage items in their life.

As I love reading, I always let a book in my bag.
So I love to go many book shops. I go both the used book store and new published book shop.

Recently the old book attract my interest, it's the worn-out book which have ragged cover and be faded brown papers.
The old book has not value of a money. As they are not rare one, they are sold by low price at mainly a 100 yen each, but I can't stop thinking about that.

In conclusion, my favorite point seems to be in the time which spent with many people who read it.
We can't buy the time which the book has.
It may be able to make the fake old book by masters of making some properties for movies or TV show, they are skillful people as professional workers.
But, it is not the same. There will be a deeply gap between the fake old book and the real old book.


I may want to realize the time although it can't to get hold in my hand.
By the old book, I can imagine about the long time and many people involved in the book.


Of course I buy something new cloths and books.
But at the same time, I feel something wrong or strange sense by cheep and mass consumption goods.
The feeling that something is wrong isn't disappeared and remaind in my heart.

I may meet an unique item through a used book, vintage clothes, old papers and not perfect desk with feeling a long time. It's specialized encounter. It's so exiting.


This book was published in 1962. Someone wrote down his name on the last page.
I'll read and handle it nicely. And I want to pass for the next generation.

コメント

古い本は、味があっていいですよね。以前、どのような人の本棚にあったのか、どのような形で買うことになったのか、しみじみと興味が湧きますよね。また、たまたま買った本が、著者のサイン本だったりしたこともあり、直接書いてもらった訳ではないのに、ちょっと得した気分になったりしたこともありました(笑)。

みーまる 2019年01月13日

自分は古本、古着が大好きでよく顔を出しては新しい発見があります。

Kyo 2019年01月13日

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