糸井重里さんの文庫本
『ボールのようなことば。』(株式会社東京糸井重里事務所)
を読み終えて、
いつもの小さなノートにまとめたりしながら
再度、素敵な言葉たちを噛み締めていました。
今の自分が気になったところに
付箋をつけて
そこをノートに書き写したりもしながら、
きっとまたしばらく経ってから
同じようにこの本を開いたら
全く違う場所に付箋が付くだろうな
そんな気がしました。
大学時代のゼミで
みんなで同じ1つの英文を読むというのがあって、
それぞれ予習をしてくる時に
みんなそれぞれの視点で
自分の英文にアンダーラインを引いてくるんです。
それは義務ではなく、
自分が授業の時に見やすいようにということなのですが、
ある時、そのアンダーラインの位置が
人それぞれ全然違うという話になったことがありました。
それがとても面白いですね、と。
私が受けたそのゼミの教授は、
私の論文指導の教授でもあったのですが、
自由な視点を持ちながらも、
きっちり、キチッカチッと、きちんとした人でもあり、
それでいてかなり柔軟でもあったんです。
すごい姿勢だよなあと、今も時々思い出します。
そういう
柔軟さとしっかりさを併せ持った上での
真の自由な羽ばたきのようなものを
糸井さんの文章からは感じることができて
私は大好きです。
一番近い言葉を無理やり探すなら
人に迷惑をかけない最大限の範囲で「自分をしっかり持っている」状態
とでも言うのでしょうか。
うーん、若干しっくりきませんが、
やや近いような感じで表現すると、そんな感じです。
本当に素敵な言葉がたくさんあって
どれが一番だったかなんて言えないので、
今の気分に合ったものを紹介します。
「 人でも、犬でも猫でも、とかげでも、小鳥でも、
「後ろ姿」をいいなぁと思えたら、
それは好きだっていうことだと思います。
「後ろ姿」を見ている視線というのは、
相手からの返事を要求しないものであります。
好きだから、そういう視線を送っているのです。 」
ウィルさんの後姿
最高に可愛いです。
後頭部のあたりも
お尻も
最高に、いいなあって思います。
なんだか妙に納得してしまった言葉でした。
あとはね、
「 よいことわるいことに関係なく、
終わりということを考えるのは、
必ず、なにかのはじまりです。 」
数年前の私自身に、
この言葉を教えてあげたかったなあと思いました。
最後に
明日もまた頑張ろうって思えた言葉。
「 打席に立った時、
三振するのも情けないゴロを打ってアウトになるのも、かまわない。
見逃し三振さえも許してしまおう。
いけないのは、ただひとつ
「打席に立っていることがよろこべないこと」だ。
その打席に立ちたくて目を輝かせたのではなかったのか。 」
この他にも
数えきれないほどの素敵な言葉がたくさん書かれた1冊。
何かの度に開いて読み返したいなと思える
素敵な本がまた増えました。
いいですね。今日の本は。。。
たまに、読み返して、元気を充電したくなる一冊ですね。。。