「もう百年以上此処でこうして立ちっぱなしだったからな~此処まで来ると動きたくても誰も私の事を持ち上げられなくなってしまっているんだよ?」
樹齢100年というプラを打ち付けられている大きな木は小さなリスの子にそう答えた。
「でもでもでもでも暇な時はどうするの?どっかに行きたくなるでしょ?」
「退屈な時かい?そういう時はこうするんだよ」
大木が何十本もの枝を目一杯に振るわせると、あっという間にリスの子のご近所さん達が空から降って来た。
もちろんその中には、リスの子のママも居る。
「こぁーらぁー!」
リスのママは降ってきて間もないのにカンカンだったが、子は大喜びだった。
「おじさん、すっごーい!」
「はっはっはっは、私がちょいと動くだけで大騒ぎさ。楽しいだろう?だから私は退屈になったりしないんだよ?」
「もっとやって!もっとやって!」
リスの子はまだ生え揃わない尻尾を振ってせがんだ。
「こら、駄目でしょ!あんたって子はこんなに忙しい時期に何やってるの、皆の迷惑でしょ!」
リスのママは短い両手を腰にやり、子を叱るが、当の本人はケロリとしている。
「みんなって?」
見ると先ほどまで降って来ていたご近所さん達は皆、持ち場に戻っていて誰一匹も其処へは残っていなかった。
「お口の減らない子ね~」
リスのママは太くフサフサとした尻尾で子を捕まえると、ぎゅっと絞めたが、するりと交わし、サッサと幹を登り始めた。
「此処までおいでぇー」
子は遊んで欲しいのだ。
「ははは、この時期に元気いっぱいですな~お母さん」
「本当にいつもすみません、そろそろ冬眠の準備を始めなくてはいけないのに、今年産まれたばかりのあの子にはまだリスとしての自覚が無いんですよ。ほんとに、困ってしまいます」
「それよりも早くブナの森に行かないと大きなドングリが売り切れてしまいますよ?夕方にはイノシシの群れが行くと聞いていますからね、早めに行って帰って来られないと、奴らは大食いですからね」
「はっ!そうだった!あなたーあなたー」
リスのママは大急ぎでパパを探したが、見当たらない。
「パパならさっきあの穴に入っていったよ?」
子が指さす先は一際大きな樹洞だ。
「大変」
慌てたママがその穴に飛び込むと、やっぱり中に居たパパが制した。
「ようやく眠った所なんだ」
巣穴の奥にはフクロウの子がボサボサの綿帽子を被り、うつらうつらと寝入っている。
「何をしているの?!此処は危険よ!早く出ましょう!」
と手を引くママに「大丈夫だから」とパパは言った。
「ここの工事を頼まれたんだよ」
「工事?」
「あの家は随分と中が狭いからね、毎日少しずつ中を削って広く改築しているんだ。その代わりにドングリを運んできてもらう。そろそろ届く頃だ」
二匹が連れ立って巣に戻ると勢い良くドングリがドサッと舞い込んだ。
見上げると其処には確かにフクロウのママが居る。
「こんなモンで良いかしら?」
真っ白い面のママは黄金の鈎爪をクチバシで噛みながら気だるそうに言った。
「ありがとうございます!待ってたんですよ!お坊ちゃんも今は静かにお昼寝なさっていますので」
「ま、別に良いんだけどね~、ホラ私達の部類って夜行性だからさ~基本。太陽がある内ってだぁ~るいのよねぇー今日はこれでお仕舞い、また明日」
そういうと飛び去ってしまった。
「一度にこんなに沢山のドングリが手に入るんだったら少々おっかなくても平気だよ」
パパは満足げにドングリを並べ始めた。
「でも、あなたがあの場所へ行くのはいい気分じゃないわ。あの子だって真似しかねないし・・・」
「あいつはまだ遊んでいるのか?」と両親が巣穴から顔を覗かせると、少し離れた木の影で休んでいるフクロウの背後に回りこむ子の姿が見えた。
「はっ!駄目!」
「パパの友達みーっけ!」
と勢い良く背に飛び乗ると、驚いたフクロウは空高く舞いあがり、その拍子に滑り落ちたリスの子をしっかりキャッチすると、自らの巣に投げ入れた。
「丁度、息子の冬支度が未だだったから、お前は都合が良い」
黄色く大きな瞳は飛び出さんばかりに見開かれていて薄暗い巣穴の中では尚、不気味に輝いた。
「それってどういう意味?」
「冬支度よ」
「ふゆじたく?」
「そう、部類によって方法は違うけど、私達にとっての冬支度は新鮮な獲物をなるべく多く捕まえて、体を大きくしておく事なの」
「へー、面白そう!じゃあ僕も手伝うよ」
「ホー、私たちの冬支度に協力してくれるの?」
「退屈で退屈で死にそうなんだ!」
「そう、じゃあ」
と、フクロウのママは鋭い鉤爪をリスの子に伸ばした。
「あっ!そうだった!その前にとりあえず、これ返すね」
リスの子は手に持っていた羽根を元あった場所に差し込んで馴染ませた。
「さっき引っこ抜いちゃったんだ!で、何をすればいいの?」
フクロウの子も同調するようにママを見つめている。
「そうね・・・坊やにはまずは部類についての説明から始めようかしら」
「うんうん」
二匹の子はフクロウのママの前に直るとよくよく話を聞いた。
「っていう事は僕が食べられる、の部で、フクロウが食べる、の部なの?」
「まぁ、分かりやすく言えばそうね」
「でも僕はドングリを食べられるようになったよ?じゃあ食べる、の部でしょ?」
「ん~まあ、その世界ではそうなのかも」
「その世界って?」
自分の置かれている立場が分かっていない様子のリスの子にフクロウのママは冬支度を一旦、置くことにした。
「・・・よし、分かったわ。ゆっくり話しましょう」
「うんうん」
「お前は随分、育ちが良いらしい」
「へへ」
「我々の世界では、お前のような奴の事を爪にもかからない奴、と云う」
「うんうん」
「分かるか?」
「うんん?」
「だーかーら~」
フクロウのママは疼く鈎爪をグーパーしながら話を続けた。
巣の外では大木の小枝の葉がハラハラと落ち、霜焼ける根に絨毯を作り上げていた。
「はぁ~種は尽きない」
溜息を吐くとまた一段と深く根を張り、リスのパパとママは誰よりも早く冬眠に入った。
コメント
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『爪にもかからない』
↑とても良いですねこのフレーズ 浮かびそうで浮かばない、つまり奇抜過ぎないけど斬新な、絶妙なセンスの光る表現だと思います。
最後のほうがよく分からなかったです。(>.<)
「はぁ~種は尽きない」というのは、フクロウのママが(どれだけ話しても状況を理解しないリスの子に)苛立って言ったセリフでしょうか?
リスのパパとママは「息子はもう助からない」とあきらめて、さっさと冬眠したのですか?
Amy Terkay
2012年11月03日
大きな木は、長生きしてて、溜め息はつくけど、
毎年の冬支度は楽しんでいるんでしょうね。
れおんさんは、家族に限らず愛情表現がどの作品も
短編にも関わらずとて上手く描かれていますね。
今までは、グラビアで楽しませて頂きましたが、今後は
小説も楽しみにしておきます。
頑張ってくれてありがとうございます。