「結果」

「ぉ、、、じゃましま~すぅ」
「どうぞ」

自分の家と同じ間取り、同じ玄関。
が、そこから見える部屋の様子はガランとしていて、まるで違う。
中には小さな卓袱台と三つ折りになったクタクタの敷布団が隅に寄せてあるだけで、覗き込んで見ても他にはテレビが一つあるだけだった。

「何か、広い」
「そぉ?」
「うん」

振り返って見るとパタリと閉まったドアの前に立っているおじさんは自分が知っているよりも大きく見えた。

「どうぞ、何もないけど」
促され、彼女はソロソロと靴を脱ぐとゆっくり居間に進んだ。
そこは知らない空間で自分の家とは違う匂いがしたが、不思議と居心地が良く、安心できた。
そのまま小さな卓袱台の前にランドセルを下ろすと、そこへ座り、改めて部屋の中を観察していると、布団の向こう側に布をかけられた四角いものがあるのに気が付いた

「これって何?」
「それ?ラジカセ」
「それって何?」
「音楽を聞く機械。聞いてみる?」

彼女はお茶の入ったグラスを受け取ると、頷いた。

ー「それが可笑しくて。今思えば、オペラかなんかだったと思うんだけど、何言ってるか分からない女の人がヒーヒー言ってるって感じにしか思えなくてゲラゲラ笑っちゃったんだよね。そしたらおじさん、困っちゃって。すぐに止めちゃったんだけど、それが癖になっちゃって」

次の日も彼女は隣人と共に下校し、そのまま部屋に上がり込んでいた。

ー「何回かそんな事をしてる内にそこで宿題とかもするようになってたなー」

そして、事件が起きた。
母親がいつもより早く帰宅したのだ。
それは薄い壁の向こうで自分の名を呼ぶ声で瞬時に分かった。
ハッと慌てて彼女が隣人の玄関を飛び出したのと、母親が自室のドアを開いたのは同時だった。

「何やってるんですか!?」

見開かれたその視線は叱られると身を竦めた彼女にではなく、隣人に向けられていた。

ー「その時初めてお母さんに叩かれた。本当に怖くて。今まで一緒に下校してた事とか、怒られてからもお菓子貰ってた事とか全部話たの。そしたら、もう殆ど半狂乱で父親が帰ってくるなり二人で隣に怒鳴り込みに行っちゃって」

自分が話した事を責め立てる両親の声と、平謝りするおじさんの声が聞こえて、そのまま胸に刺さった。

ー「「私が無理やりそうしたんです本当に申し訳ありません」っておじさんが私を庇ってくれた言葉が余計に親にしたら頭に来たみたいで、「嫌がる娘を無理やり連れ込んだんですか!?」ってドンドンおじさんばっかりが悪いみたいになってて本当に申し訳なかった」

それからスグに母親は仕事を辞めて、学校の行き帰りを付き添うようになった。

ー「まあ、それはそれで一人じゃなくなったから寂しくはなくなったけど、今度はそれが息苦しくなっちゃって、、、。」

母親は少しでも家計の足しになるようにと、内職を始めた。
内服薬の袋を折り、接着し、1枚2円。
もともと器用ではない母親は集中するあまり内職をし始めると、係りっきりになり、二人で居ても一人で居るのと変わりない。

ー「絶対的に私のせいでこうなってるってのは分かってたから、勇気を出して「手伝いたい」って言ったら「いいっ!」ってピシャリだったからね。なかなか気安くは話し掛けづらかったな」

その一言は彼女に五月蝿い。と、届いたのだ。
外に遊びに行く事も出来ない彼女はつまらない時間を持て余し、死んでしまいそうだった。

おじさん、元気かなぁ。、、、怒ってるかな?

そんな事を考えながらぼんやり壁を見つめ、気を送ったりもしてみた。

おじさぁ~ん、元気ですかぁ~?

もちろん返事は無い。
が、こんな時にノックが出来たら、もしかしたらおじさんが返事をしてくれるかもしれないのにと、たらればたられば過ごしていた。

そんなある日。
いつものように登校する準備を済ませ、一足早く玄関の外に出ていると、隣の部屋のドアノブがガチャリと鳴った。
振り返ると、半身廊下に出たおじさんと目が合った。

「あっ」

ずっと気になっていたおじさんが、今正に目の前にいるのに言葉が出て来なかった。
おじさんも同じ様子で、母親が来るまでの少しの間。
二人は何の言葉も交わさず終いだったが、目を逸らすことも無かった。

ー「その時の顔って、おでん持って行った時みたいに何ともとれない表情してたんだけど、怒ってるって感じじゃなかったな、本当のところはもう分からないけど」

それからスグに隣人は人知れず、引っ越した。
すっかりいなくなった後で、ご迷惑をおかけしました。とだけ書かれた封書がポストに入っていたと母親から聞いたという

ー「で、それから私達も団地が当たってスグに隣の街に引っ越したの。母親も新しい仕事始めたし、私も新しい学校になって、心機一転的な感じだったのよ。友達も一杯できたし、その頃にはおじさんの事とかも記憶の片隅に追いやられてて元気かなぁ~とかも思わなくなってたな」

「で、コレはそのおじさんがくれたやつ?」
「うん。くれたっていうか、たまたま夕方ゴミ出しに行ったら粗大ゴミのところにそれが出してあって。思わず近くの駐輪場に隠したの」
「え、おばちゃんにばれへんかったん?」
「それがさ、家って物がないクセにモノが溢れてて、、、用は捨てられない家族だったから2、3日様子を伺ってドサクサまみれにさも元々そこにいたかの様に馴染ませたの」
「で、おk?」
「まぁ、グレーだね。引っ越す時にこんなのあったけ?って両親は言ってたけど、私はずっーと前からそこにあったよって」
「強引にいったんや?」
「そぉ。でもすでに壊れてて何も聞けなくなってたけどね。それでも良かったんだ~思い出だからね。それにさ~」

新しい小学校に通い始めて、馴染んだ頃に以前通っていた小学校から小さな包みが届いた。
それは彼女宛で何なのか分からなかったが、開けてみると、カセットテープが一本入っていた。

「忘れてたんだけど、道徳の時間に将来の夢をそれぞれみんなの前で発表したのよ。それを録音したカセットテープだった」
「へぇ~、で。今やアラサーの酔っ払いは何になりたかったん?」
「おじさんのお嫁さんって」
「あぁ、、、そら~おばちゃん、心配するわ」
「まあね。私も今ぐらい知恵があればもっとうまくやったのにって思うけど、、、神様がそのラジカセでそのテープを聞けっていってたのかな~とか、でも壊れてたって事は叶わないって事だったのかな~とか思ったり思わなかったり。、、、でも、それが私の初恋だなぁ」

と彼女は笑った。

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