「お母さぁーん、早くぅー!」
少年は車から飛び出ると、目前に広がる真っ白な砂浜へと駆け出した。
「あんた、そんなに急がなくても海は逃げないよー!危ないから走らないでぇー」
「分かったぁー!」
と空返事をし、駆けることを止めないでいる伸吾に加津子は身を乗り出そうとした。
「良いじゃないか」
と、それを制したのは夫の聡だ。
「でも、怪我でもしたら大変だわ」
「心配ないよ、男の子なんだからアレくらい元気なほうがいい」
「でも・・・」
「ほら、ああやって大きく手を振ってるじゃないか、おーい」
聡は車の窓を全開にして伸吾に手を振ったが、伸吾は無反応だった。
「ほら、あの子無反応よ」
「あの子ももう15だからね、親に反抗したくなる年頃だよ、時に同性であるボクにはね」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ、試しに君が手を振ってみるといい。きっと彼は答えると思うよ?」
「ほんと?」
「もちろん」
そう聞くと、加津子は開いたままのドアを閉め、代わりに窓を開くと、思いきり手を振ってみた。
「お母ぁーさぁーん!砂浜は太陽であっついよー!」と伸吾はオーバーに飛び跳ねて見せた。
「あんまり遠くに行かないでねー?」
「分かってるよー」
そう返事をすると伸吾は浅瀬で白波と遊び始めた。
「ほらね」
聡が加津子を気遣いながら言った。
「あの子をこの腕に抱いたのが昨日の事の様なのに、もうあんなに大きくなってしまったのね」
「あぁ、子供は親の知らない所で大きくなっていくものだからね。君が寂しくなるのも分かるけど、仕方がないよ?僕も身を引き締めないと彼にどんどん追い越されてしまうな」
「・・・私もそう・・・。」
「泣き虫だな」
「ごめんなさい、どうしてもあの子に申し訳なくて、届かなくても此処へ来るといつも涙が出てしまうわ」
聡は加津子を抱き寄せると優しく髪を撫でた。
「分かったよ、分かった、分かったから」
「ごめんなさい、あなた。私のせいでこんな事になってしまって、本当に本当にごめんなさい」
「何を謝るんだい?僕はこうなった事に何の後悔も無いんだよ?それがもし、あの子を苦しめる事であったとしても、僕は君と一緒になったんだから。君と生涯を共にする。今もこうして二人で居る。他に何がいる?」
「いつもいつも私を慰めてくれてありがとうございます」
「二人で一生、一緒に居ようね」
「はい」
「そろそろ行こうか?」
「・・・でもあの子をまた置き去りにしていくのは心が痛いわ」
「でも仕方がないよ?ホラ、あの子がこっちへ来る。その前に行かないと」
「でもまだ八つなのに、かわいそう」
「もう何年も前の事だよ。忘れなくてもいい、僕が傍に居るから」
泣き崩れる加津子を乗せた車を聡は発進させた。
「今年もちゃんと来てくれたんだね」
少年は車が駐車されていた跡に残されていた貝殻を大切に拾い上げた。
サーっと吹き抜けた風に乗りカモメが鳴くと、彼は空を見上げ耳を澄ませる。
「お元気ですかー?お父さん、お母ぁさーん」
どこまでも青い空に真っ白な入道雲が映えている。
「僕は15になりました、お婆ちゃんもお爺ちゃんも元気にやってます・・・だから何も心配しないで下さぁーい」
少年か零れた涙をシャツで抑えると、小さなブーケを其処へ供えた。
「来年、また来ます、じゃあまたね」
少年はその場を跡にすると防波堤に佇む二人の老人へ駆け寄った。
「お母さんには会えたかえ?」
「うん、今年も綺麗な貝殻とお花を交換して来たよ」
「そうか、えがったね」
「うん」
「じゃあ行こぉうかぁ?暑くて辛抱・・・でけん」
少年の祖父と祖母は元気よく照り付ける太陽光にヤラレ気味だった。
「そうだね・・・あの」
「ん?」
「ありがとう、毎年此処に連れて来てくれて」
「はは、良いんだよ」
「爺ちゃんも、ありがとうね」
「どういたしまして」
「じゃあタクシー止めてくるから、此処で待ってて」
「はいはい」
二人は顔を見合わせて笑った。
「僕が戻るまで、絶対動いちゃだめだからねー?」
そういうと少年は駆け出した。
「随分、孝行な息子に育ったもんだね」
「よっぽど加津子が良い母親をしてたんだろぉ。ありゃ~稀代の孝行息子だな」
「ほら爺さん、見てみな。海が青くて綺麗だ~ぁ」
「まぁーどっちが海なのか空なのか、上なのか下なのか分からんねー」
「でもまぁ、あんたの目の色もだんだん海の色に近くなってきたんでないかい?白くならなきゃいいけど」
「この調子だったら婆さんよりは先に白くなるだろうよ」
「そんなら良いけど、そろそろ行くか?」
車道に振り返ると伸吾を乗せたタクシーが停車したところだった。
「よっこらせ」
弱った足を引きずる様に踏み出すと伸吾が大きな声を上げる。
「もー、其処で待ってて!ストップ、ストップ!」
彼は急いで二人に駆け寄ると、両手を差し出した。
「いつも悪いね」
「何、言ってんの。毎年此処に連れてきて貰ってるのは僕なんだから」
「この調子だと来年は一人で来る羽目になるぞ?」
「何言ってるの、爺ちゃん。爺ちゃんはあと二年ぐらい大丈夫だよ」
「ははは爺さんが二年だったら、婆ちゃんは十年は大丈夫だわ」
「足元、気を付けて。急がなくて良いから、ゆっくり」
「・・・また来年」
小さな貝殻に耳を当ててみると、いつだってそう聞こえる。
新しい部屋を見つけられずにいました。(>_<)ゞ
幻想的でも有り
ほのぼのして手も有り
挿入された写真が相まって
不思議な世界が広がってますね。
次回作
楽しみにしてます。