「日本のゴーギャン田中一村伝」📕

まーみるさん
Kyoさん

コメントありがとうございます😊

まーみるさん
修復の仕事ってすごいですよね。
絵画の修復をしている世界トップクラスの修復師さんで日本人の女性がいるのですが、その方の本を読んだことがあって、すごい世界だなあって思いました。


Kyoさん
トリックorトリート!!🎃👻
寒いですよお
もう真冬用のコート引っ張り出して着ました!
むりむりーさむい!ってなって😅







さて




田中一村という日本画家を
この本を通して初めて知りました。


『日本のゴーギャン 田中一村伝』(小学館文庫)




いろいろと調べていくと
実は以前、田中一村の絵を観たことがあったことが判明。横浜美術館で開催された村上隆さんのスーパーフラットコレクション展にてでした。
つまり、村上隆さんは、田中一村さんの作品をコレクションとしてお持ちであるということ。
作品数は決して多くはなく、死後は記念館に保存されたりもしているので、買うことのできるものとして市場に出回っている作品はとても少ないのではないかと思うのですが、そこはさすが村上隆さんだなあ、、、(村上隆さんは東京藝術大学の日本画の博士課程を修了されています。つまり日本画の博士です。Ph.Dです。)とそんなことも思いながら。

実はこの展示すごく面白くて夢中になって観ていたのですが、私の記憶の中に田中一村さんの作品を観た記憶がないんです😅
どうやら他の作品に気を取られていたようで・・・
うーん残念。

そんなわけで田中一村についての前情報はゼロの状態から出会ったこの本。
古本屋さんで何気なくのぞいた1冊100円の文庫コーナーで見つけたのですが、なんだかとても気になり、読んでみまたのでした。



田中一村は小さい頃から絵のとても上手な子で、
一度は今の東京藝術大学に入学するものの、経済的な事情でほんの数ヶ月で退学。
そこから茨の道が始まります。


さらに田中一村自身の、
お金のために絵は描かないという頑なな姿勢も相まって
一村本人だけではなく、それを支えてくれた姉も一緒に二人とも困窮を極め、生涯二人とも独身のまま、
田中一村本人は、最後はやせ細って心不全で亡くなってしまいます。奄美大島の自宅で、69歳で亡くなった一村は、生涯、一度も個展を開くことも叶わず、中央の画壇へ送った作品は全て落選し、それでもどうしても絵を描きたいという想いだけで走り続けた情熱の人でした。


一村の才能を認めて応援してくれた、関東近郊に住む人たちから、最初は支援も受けていましたが、最後は奄美大島で5年は紬工場で働きづめにして、そこで貯めたお金をもとに3年絵を描く生活をしようと計画し、実行します。



ただ自分の満足がいく絵を描くことだけが
生きる目的だったのではないか、と思うような
田中一村の生涯。


小石ひとつひとつ、草一本一本までこだわり抜き、
奄美の自然を愛し、
ただひたすら、絵筆で命の輝きを描きとめ続けた人だったのだなあと、すごいことだなあと、、、

けれど彼のあまりにも苦しい生活を考えると、
なんとも言えない、胸の奥に暗い靄が広がります。



あの東山魁夷さんとは
ほんの一瞬ですが大学の同級生だったというのですから、その後の人生の違いにも、ただただ驚くばかりです。


田中一村記念美術館では
幼少期から晩年までの作品が保存管理されていて
常設展として80点ほどが年間展示替えされながら、観られるとのこと。

http://amamipark.com/isson/


今年は田中一村没後40年という年。

今年にこの本を読んだのも何かのご縁かもしれません。
奄美大島に行ったらぜひ立ち寄りたい場所です。





というわけで



読書


2017年の78冊目
10月の10冊目

でした📚





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コメント

一芸に人生を賭ける姿に、強い感動を覚えますよね。。。

ま-みる 2017年10月31日

こちらは晴天で暑いです☺

Kyo 2017年10月31日

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