先日の…

母が写真を撮って送ってくれました(^^)



一徹フィルムで放送された、おおたわ史絵さん監督の『聖者の選択』なのですが、台本を頂いたとき、この脚本のもつメッセージとおおたわ先生の思いが伝わってきて、とても感動したんです。

聖者とは…。
私は撮影が終わってからもしばらく考え続けました。

世の中にある悪についても考えました。
3つの悪があるとします。

①ひとつは純粋さと無知により結果として悪になるもの。
これは愛情と教育の欠如から起こりうるものです。過激思想の洗脳を受けるひともこれが原因だと思います。

②もうひとつは、頭脳的でゆがんだ思想をもち、清廉という仮面の下に悪の肉をもつもの。
主犯となり周りを洗脳していきます。いわゆる自分自身によって構築し、蓄積し続けた悪。幼少期の傷や①が肥大していったことによる悪です。精神の孤独に浸け込むんですね。

③そしてもうひとつは、善良な一市民であり、教育も愛情も人並みに注がれて、まっとうな仕事もあり守るべきものもいる。
しかし、自分は人を救い、善良な人間だと自負をもち、正しいと思ってした安直で軽率な判断こそが、一人の命を蔑し失うきっかけを作り、奈落に落としてしまうこと。

私はこの③の悪こそ、ごく身近にあり必ず誰しもがもつものであるものだと思います。日常のなかに日々潜伏していますよね。

歴史のなかでも、人はこの悪をもって傍観しながら生きていました。

少し例えが過ぎたかな‥

この作品は、そんな身近にある、聖者であるがゆえに陥る落とし穴を見事に描いている作品でした。

聖者とは同時に愚者になりうることの危うさを孕んでいます。

わたしはこの脚本で、聖者と愚者は紙一重であることを知ったのでした。
なんと深く、重くのしかかり、こんなにも人間は愚かなのだ、と肉体に痛みを感じるような感覚…。

しかし、絶望ではないのです。

それを言葉少なに導き、教えてくれるひとがいて、学びがあるからです。私にとっての救いは、警笛を鳴らしてくれた作品の存在でした。

その存在に安堵し、光のように導いてくれる作品にほんとうに救われました。

おおたわ先生の想いが私の受け取ったメッセージであり、
自分にできる伝えるべきことでした。


前記事のコメントは次の記事でお返事しますね^_^

コメント

お母さんが写真を  ?

ありゃ 北のお嬢さんと同じで 過保護なお母さんだね

著作権 肖像権など厳しくなり 地デジ放送を録画したDVDからはチャプター画像 撮れなくなっちゃったり  でも販売されるドラマや映画のDVDからは撮れる なんて状態 

お母さんは どう評価してたんだろうね

なみへいオヤジ 2015年12月20日

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