先日表参道でみつけた本
『どこからそう思う?学力をのばす美術鑑賞 ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』(淡交社)
フィリップ・ヤノウィンさん(Philip Yenawine)さんの著書を
京都造形芸術大学アートコミュニケーション研究センターが翻訳した本で、日本では今年出版された本です。
この本は
アートを使って思考を巡らせるトレーニング、ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズについての本ですが、
本の中でも説明されている通り、
美術のみならず、学校の授業でいうならば理科や算数にも応用できたり、
作文の力がついたりと
様々な可能性が広がるメソッドについて述べられています。
このメソッドにおける
「オープンエンド」の考え方は、大学時代に勉強した物事の論じ方にすごく通じるところがあって、好きな考え方でもあります。
無理にまとめないんです。
話の最後って、どうにか綺麗におさめようとしてしまいがちなんですけれど、
過程においてどんな答えが出てきても自由で同等だし、しかも正解は1つとは限らない、ということ。
無理にまとめると、犠牲になる答えとか要素がどうしても出てきてしまうんですよね。
でもその答えが少数派だろうが、少数派を消してしまって、まとめていいわけじゃない。そこで大きな、結論の判断ミスが出たりもしかねない。
一見、とっちらかって終わるようにも感じられますが、
まとめられないところを無理にまとめたり、線引きできないところに無理に区切りをつけたりすることの方が、よほど危険をはらんでいる、ということなんですよね。
あらゆる可能性を
頭の中のどこかにちゃんと残しておく。
そうすると、思いもよらないタイミングで、保留してた何かが大活躍することがあるんです。
とはいえ
まとめないといけないことも、世の中多いので、そのあたりのバランスが難しい部分ではありますが
せめて自分の心の中だけは、あらゆる可能性を残せる人でありたいなあ、と思うのでした。
さらに、この本の中では、
私がこれまでに感じてきた、多様性についても触れられていて、
すごく興味深く読み終えました。
また、もともとのメソッドとして
やはりアート作品を鑑賞しながら意見交換をするという方法をとっていることから、
アートそのものについての言及も見られます。
P.24
「アートにおいて重要なことは、こうした視覚情報の内に感情が描き込まれているということだ。それが、作品とじっくり対峙する人々にさまざまな反応を巻き起こすのである。」
P.26
「どんな作品もさまざまな解釈の可能性を含んでいる。時間をかけて観察し、塾考し、疑問に取り組み、そこから私たちが考え、感じ、そして言語化したことのほとんどは、作品が持つ意味と無関係ではない。時間をかけて第一印象を掘り下げていくことで、何層にも重なった解釈を発見し、さらには象徴やメタファーをも理解することができるのだ。」
これらのことが、もしかしたら、
アート作品を見た時に感じる、
「これ好きだなあ。」
「ずっと見ていたいなあ。」
「家に飾りたいなあ。」
という部分に繋がっていくのかもしれない、とふと思いました。
何かの絵を見て
心がぎゅっと鷲掴みにされるほど、自分が揺り動かされたり。
感動したり、涙が出たり、
逆にギョッとして目を背けたくなるほどの衝撃を受け取ったり。
いずれにしても、だれか1人の人間、鑑賞者の心を、強く動かすアートと、
そうでないものの違いというのは
鑑賞者に対して「さまざまな反応を巻き起こす」ことが出来るアートなのか否か、
なのかもしれません。
人の心に疾風を巻き起こせるアート。
それがもしかしたら、「強い」作品、と言われたりするのかもしれません。
だからこそ、
いろんな作品を見ても見ても
まだまだたくさんのアートが見たいなあと感じる自分がいるのかもしれないですね。
昨日までとはより違う、新しい疾風を
自分の中に吹かせてくれるアートを
欲して、美術館に行ったり、作品集の本をめくったりしている自分がいる気がしました。
次は何のアートをみにいこうかな

あ、そうそう
本屋さんオリジナルのブックカバーがすごく可愛かった!
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