「マグリット展」@国立新美術館

ずっと行きたかった

マグリット展


やっと行ってきました。







いま国立新美術館では
同時開催でルーブルもやってるのですが

さすがに1日に1つずつだなあ

と思って

去年から狙っていたマグリット展へ。

オーディション終わりで立ち寄り。
閉館前の時間だったので
並ばずに入館できて、
混雑し過ぎないかんじで、
見やすく、じっくり堪能できました。

マグリットは
《光の帝国II》や《空の鳥》《野の鍵》といった美術史の教科書にも出てくるような
ものの印象があって、
好きな画家の一人だったのですが
今回、初期の作品や、商業画家のしての仕事内容にも触れることができたり、
マグリットの考えにも少しだけ触れることができて、
マグリット作品がさらに好きになりました。


これまでただ単に
作品をみて、いいなあ
とだけ思っていたマグリット。

今回、マグリットを語る上で外せない
「シュルレアリスム革命」の第12号(1929年)にて発表された
LES MOTS ET LES IMAGES

言葉とイメージ

というイラスト入りの定義文を初めて見て、

さらに彼のインタビュー記事からの引用を読んで

目に見えるものとは何か

について改めて考えさせられました。

「シュルレアリストであるとは、「見たもの」を頭から消し去り、「まだ見ぬもの」を探し求めることだ。」

という言葉を残しているマグリット。







今回の展示のポスターにもなっている《ゴルコンダ》についてのべた1966年の雑誌「ライフ」でのインタビューでは

ゴルコンダを「富と豪奢の空想の都」と言っていて
「しかし絵画自体には感情はありません。感情があるのは、見る者の方なのです。」
と語っています。


見るたびに違う心が沸き起こる絵、
読むたびに違う気持ちにさせられる本、
観るたびに違う印象を残して終わる映画、

そういうものがわりと、好きで
何度も繰り返し見たりするのですが
そう、違っているのは受け手である自分なんですよね、自分の心の在り方。
そう考えていくと次に自分がこの《ゴルコンダ》と向かい合った時に、一体何を感じるだろうか、と不穏であり楽しみでもあり、不思議な気持ちにさせられます。



緑の森の中を馬にのった人が歩く様子の
《白紙委任状》について述べた
同じ「ライフ」誌でのインタビューは

「目に見えるものは、常に他の目に見えるものを隠すことができます。」

「目に見えるものは、隠されて目に見えなくなることがあります。しかし、目に見えないものは、けっして隠されません。それは、おそらく無視されるのです。現れないのです。」

という部分が
深く胸に残りました。

隠されて見えなくなることがある・・・
見えないものは隠されることがない・・・無視される・・・

いつも私が日常で大切に思うのは
いま目の前に、眼球と視神経というシステムによって反映されているものが、全てであると思ってはいけない、ということ。
それをこのマグリットの言葉がズバリついているような気がして
ドキっとしたんです。

システムとしての目に映っているものが
全てとは限らない。
眼球に映ったものに囚われてしまうと
本当に大切な本質を、簡単に見落としとしまうかもしれない。

そんなことを、たまに思うんです。

こうなると後付けのようではありますが、
そんなことを、考えたりしていたから
マグリットの作品に惹かれていたのかもしれませんね、もしかしたらですけれど。



そんなわけで
ここには書ききれないほど
たくさんの素敵なことを受け取ってきました。マグリット展。


最後の最後に
お土産コーナーで
うっかりLES MOTS ET LES IMAGESがプリントされたシンプルなトートバッグが欲しくなって

うーんと悩んで

我慢した自分は

ちょっとだけ偉かった、かもね
いやーでも珍しく、まあまあ迷ったわあ。にょほほ。

図録や関連書籍も欲しかったけどなあ。
ここもひとまず、思いとどまり中で。





夢と目標のために、地道に貯金中でございますよ、がんばろう。







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