東日本大震災から、4年が経ちました。



あの日から4年。。。時間の経過とともに日常を取り戻せている人がいる反面、いまだ避難生活をしている方達がたくさんいるこの現実。。。自分には何ができるのか考えると、ちっぽけな自分が嫌になります。そんな自分とも向き合わなくてはいけない日。


当たり前ではない1日を大切に、、たくさんのものに感謝をしながら過ごしていきたいです。


被害に遭われた方へお見舞い申し上げるとともに、犠牲となった方のご冥福をお祈り申し上げます。。。

コメント

 原さんの「311東日本大震災」へのメッセージ、深く受け止めました。きちんとコメントしなくては、と思いながら2カ月も経ってしまいました。原さんへの共感、自分自身の思いを述べさせていただきます。
 
 原さんがメッセージされた3月11日。
舞台を前に体調を整え、稽古も始まるといった大変に忙しい時期だったと思います。女優の立場を固めるべく、集中しているであろうこのタイミングでメッセージされたことに意義があります。年末年始は体調を崩されたとのこと、その後のイタリア紀行番組の強行スケジュール(こってり系を食したり、ジェラートコンクールの開始から表彰まで長い時間にわたっての取材など)などがあってか、「一日遅れのバレンタイン」イベント時は顔がほっそりしていて大層心配していました。そんな中でのメッセージ・・・

『あの日から4年。。。時間の経過とともに日常を取り戻せている人がいる反面、いまだ避難生活をしている方達がたくさんいるこの現実。。。』
 そう、もう4年も経ってしまいました。被災しない人達の関心が薄れてしまい(みなさん復興税は納めているはずですが)、マスコミに載らないたくさんの不条理が埋まってしまっていると思います。人間の飽くなき欲望に呼応した技術の恩恵を大いに享受する一方で、自然災害を防ぐ、減らすことが未だにできていません。明日にでも自然災害の被災者となる可能性が高いのに(ネパールの大地震、死者1万人とも言われています)、当事者になってみないとわからない、あるいはそこから目を逸らしてしまう現実(自分もそうです)は空しく、真剣に考えるとつらいものです。それでも、忘れることで、次の一歩を踏み出すことも事実で、自然災害に対する知恵なのかもしれません。ただし、311では自然災害に原発事故が重なったことは悲劇です。これはいけません。

 羊羹さん、マリサポ健じい さんのおっしゃる通り、原さんのご活躍はちっぽけでは全くありません。「幹恵さんは夢を与える職業に就かれて、人々の安らぎや楽しさや癒しを与えられている事が、被災された方々へのエール」、「それぞれのフィールドで立派な幹になってる」。
 誰でも落ち込むことはあります。へこまず力まず、今まで通り自信を持っていけるようにしましょう。

『当たり前ではない1日を大切に、、たくさんのものに感謝をしながら過ごしていきたいです。』
 20歳代と思えない立派な心掛けで、問われれば「できない」と即答してしまいます。ですが、とても大事なことです。目の前のことを一生懸命に突き進むことと並行して、一息入れて遠くから自分を眺める、自分を相対化してみる、相手の立場になって考えてみる、など毎日積み重ねることで、人生は充実し、すがすがしくなるんだと思います。そして、周囲の人達に微笑みをもたらし、愛されていくのだと思います。
 10年以上もの間、事務所の規律や芸能界のルールで鍛えられ、身に付けられた部分もあると思いますが、原さんはそういうしなやかなベースをお持ちと確信しています。

 ここで思いつく乃南アサの小説「いちばん長い夜に」。
「小さなことでも笑っていたい」と原さんが表題を付けて新潮社「波」に掲載された書評の作品で、ちょうどこの3月のタイミングに文庫本が出版され、通勤の電車で読み進んでいる時の原さんのメッセージでした。
 主人公小森谷芭子、無二の親友であり炊事など生活の先生でもある江口綾香。作者の「あとがき」に、ささやかな日常の積み重ねを描く、敢えて何も起こらない作品を意図し、最終章を迎えるにあたり、綾さんの出身地である仙台へ作者がなんとか日程調整し、取材をしたことが書かれています。しかし、仙台の地で正にその日に東日本大震災が起こった、とあります。作品では、綾さんの過去を手繰るべく仙台に向かった芭子が仙台郊外で震災に遭遇、作者自身の被災した状況や行動が芭子を通して綴られていきます。作者によれば、この未曽有の状況をきちんと書き留めたかったものの、被災した精神状況で原稿を進めることはかなりの困難を伴った、と心の内を明かしています。作品では、この震災を契機として、それ以前から兆していた芭子と綾香の徐々にそれていく人生が、いかんともし難く、述べられます。一方、芭子に恋人ができたことが次の明るいステップを示唆して「FIN」となります。
 原さんは、書評の中で、あの日とその後の身の回りの状況、ご自身の心の動きや感想を書かれました。被災した作家、乃南アサが振り絞って書いた内容や主人公の芭子ちゃんとご自身に重なる部分があって、共感し、書評をまとめあげたものと改めて感じます。
 そして、311は忘れ難い事として深く心に刻まれているのでしょう。

背番号73番 2015年05月03日

ちょうど、素敵な表紙を飾った「アサヒ芸能」が店頭に並んだ日が、「3・11」でしたね・・・

幹恵サマが、デビューした翌年(2004年)に新潟県中越地震が起きて、週末東京へ仕事に
行くときに使う、上越新幹線が不通になったり、サッカーのアルビレックス新潟の試合が
延期になったりするなど、はじめて自然災害の恐ろしさを体感したはずです。
私の住んでる鳥取県でも、2000年に鳥取県西部地震があって我が家も本棚が壊れたり、
勤めていた会社の物流倉庫がメチャクチャになったりとかしました。

しかし、それらを上回る大災害になったのが東日本大震災です。
夏の風物詩「24時間テレビ」のチャリティー募金に、微力ながら協力することぐらいしか
できないのですが、記憶してる限りでは、オスカーの主要なタレントさんで私物の
オークションを実施して、そのお金を義捐金にあてたと聞いています。

「有吉反省会」での薄っぺらい女発言のイメージがつきまとってるかもしれませんが、
舞台「趣味の部屋」の再公演に再びキャスティングされたり、年末年始のNHK総合テレビの
特番に立て続けに出演できたり、全国紙の書評コーナーの掲載があったりとか、
それぞれのフィールドで立派な幹になってると、私だけじゃなく日本中の幹恵サポーターが
思ってるはず・・・。
アイドルグループ「アンジュルム」の曲名にもなっていますが、「大器晩成」という言葉が
あるように、素敵な笑顔と雪国育ちのど根性で東北を、日本を癒してもらいたいですね!!


別の幹恵サポーターの方が、仙台へ足を運んでみてはとのことでしたが、
さらに先の石巻市へも寄ってみるといいですよ。「仮面ライダーフォーゼ」の映画に
出演されてた幹恵サマならご存知の、仮面ライダーの原作者故・石ノ森章太郎さんの
ミュージアムがあり、そこで石ノ森さんの思いがきっと伝わるはずです・・・・・・。

マリサポ健じい 2015年03月20日

みきえさん、こんばんわ私はぎっくり腰でなっていてみきえさんがグラビアでポーズをとる時場合によって腰を痛めることはないですか?

のぶちゃん 2015年03月18日

ちっぽけだなんて言わないで下さいね。
被災地でイベントやるとか考えたらいいじゃないですか?

僕なんか、記憶に新しいけど、土砂災害にあった身近に住んでますが、何もできてません!!

てるてる坊主 2015年03月18日

 4年前の予想出来ない災害は、いろいろな物や人々を呑み込み、
自然の力には如何する事も出来ず無抵抗のまま過ぎさり、人々の
悲しみだけの傷跡を置き去りにして行きました。その直後の人々の
思い遣りや絆に感謝の気持ちを感じましたが、年月と共にその当時
の想いが風化している事は確かです。
 生きている事に感謝し精一杯生活する事が、亡くなった方達への
労いだと思います。幹恵さんは夢を与える職業に着かれて、人々の
安らぎや楽しさや癒しを与えられている事が、被災された方々への
エールだと思います。

羊羹 2015年03月12日

あれから4年という時がながれましたが
復興には、まだまだ
時間がかかりそうですが
1日でも早く復興が出来るよう
心からお祈りしております

快晴 2015年03月12日

昨日、こちらからコメントしていた後、行き違いで更新が出ていたのを気が付きました。
確かに、既に4年目になって、年月日の流れが速いと感じています…。
あの大きな地震みたいに無ければ命を落とす事がないのにね…。心の中でご冥福を祈るしかな
いでしょう…。
それでは、失礼しますね。。。

真希 2015年03月12日

あたたかい気持ち皆さんに届くと思います。原さんも頑張ってくださいね

しんや 2015年03月12日

みきえさんの投稿を読んで思い出したことですが宇都宮健児さんの言葉で「ひとりひとりは微力でも無力ではない」と言葉を思い出しました。

のぶちゃん 2015年03月11日

みきえさん、こんばんわもうあれから4年ですね、今朝FBの友人の和人さんの投稿を見てたら未だに復興はしていませんと書いてありました。
みきえさん仙台に行けば壮絶な現実が分かります。

のぶちゃん 2015年03月11日

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