My Partners お仕事の合間に

どんなに仕事で疲れても、どんなに“ついていない”日でも、帰宅すれば我が家の「Max and Willie」が元気よくお出迎えしてくれます。これだけでそんな“嫌な事”のほとんどが吹き飛んでしまいます。二人の事は何度もブログで披露させてもらっている手前、自分でも“いい加減にしろ~”という感も否めませんが、ついつい紹介したくなってしまうのです。ご容赦下さい!

実は私、小さい頃からずっと犬に囲まれた生活でした。アメリカに住んでた小学生の頃・・・新聞で近所の方のシェパードに子犬が生まれて里 親を探しているという広告を見つけました。そこで早速、父と一緒にワンちゃんを選びにその家を訪ねました。そこで見つけた子は“Bucky”と名付け家族の一員となりました。しばらくして日本に引っ越す事になり、マンションでは大型犬を飼うのはあまりにかわいそうという事で、泣く泣く手放す結果に・・・アメリカの田舎の方に暮らしている犬好きの方に里 親になってもらいました。当時は別れるのが辛くて辛くて大泣きしたけれど、人間のエゴだけで犬を飼っちゃいけないのだなぁと幼心に思ったものでした。きっと両親はBuckyの事を思って、アメリカの里 親に預けるという判断したに違いありません。

日本に来て少し経った中学生の時、今度は近所の本屋さんで飼っていたワンちゃんの子供が生まれたとの話を聞きました。そこでまたまた“目が合ってしまい”お願いしてもらってきました。今ではあまり見かけない「紀州犬」という種類で、日本風な名前の“コロちゃん”と名付けました。この子を引き取った中学生以来、私が社会人になるまでずっと生活を共にした家族の一員でした。コロちゃん、なんと18歳まで生きたのです。途中、アメリカへの移住も果たした、ある意味“バイリンガルドッグ”でした。コロちゃんにはたくさんのエピソードがあります・・・アメリカに住んでいる時、スカンクに攻撃されて一年間あのスカンク独特の臭~いニオイが残っていたり・・・癌の手術を二度もしたり・・・日本では雷が怖くて3階のベランダから飛び降りてしまったり・・・突然、家から飛び出して大通りで発見されたり・・・と、まさに波瀾万丈な犬生を送りました。

私の少女期、青春時代、大学時代、社会人時代・・・と、ずっとずっとコロちゃんと一緒でした。今では亡くなってしまったアメリカの祖父母も日本の祖父も、生前はコロちゃんをとっても可愛いがってくれました。コロちゃんが亡くなった時・・・それは本当に辛かったです。今でも思い出すと涙腺が緩みます。最近は“ペットロス”という言葉をよく聞きますが、とにかくその時は本当にショックでした。

コロちゃんが亡くなった時、もう二度と犬は飼わないと誓ったのに・・・一年半後、小さな頃のコロちゃんによく似たマックスと出会ってしまいました。そこからまた、私の犬との生活が復活してしまったのです。弟のウィリーと共に2人は、私にとってかけがえのないPartnersです。







僕は悪戯をしてママのお仕事をよく邪魔してしまいます。マックスに追っかけられる時はママに助けを求めて机の下に隠れます。



恐がりマックス、高い所はちょっと怖いです。

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