しばしのお別れ

先日の台風18号。
先週から広島に帰っていて、6日は東京に戻る日でした。
始発の新幹線に乗ったものの、新大阪で止まり駅で運行再開を待つことに。
階段を昇り降りしたり、新幹線ショップに行ってみたり、息子に手を引っ張っられながら構内をグルグル。

運行再開後もどれくらいの時間新幹線に乗ることになるのか予測がつかない状況。
混み合う車内で息子が動いたり泣いたりしたらどうしようかと不安だったのですが、スイッチがあるかのように新幹線に乗っている間はすっと寝てくれました。
また京都で降りる方が席を譲って下さるなど、皆さんの優しさにも大変助けられました。本当に感謝です!
東京駅に着いたのは夕方の4時。長旅となりました。

さて、なぜ広島に帰っていたのかというと、実は私の祖父が亡くなりました。
享年92歳。
4歳で養子に出され、戦争を経験し、戦地から帰ってくると家族は亡くなっていて、家も土地も失ったという祖父の人生。

戦後はゼロからのスタートで、祖母と結婚し、生まれ育った広島から東京へ転勤。
叔母が産まれて家族ができた時には我が家の宝だとすごく喜んだそうです。
そして、父が産まれ、息子と一緒にやりたいと始めた剣道と居合では師範代になるまで極め、居合を習うなら祖父だと言われていたとか。

高校生の頃、祖父が教える警察の道場に見学に行った時のこと。
警察官と思われる男の人から不審な目で見られたのですが、祖父に会いに来たと伝えると態度が一変し丁寧に案内して下さいました。
その時感じた祖父の偉大さ。
74歳の時には黄綬褒章もいただいた自慢のおじいちゃん。

携帯電話も使いこなし、着信音は暴れん坊将軍、絵文字もいっぱい使ってメールをくれました。

ひ孫の誕生もとても喜んでくれて、いつも目を細めながら息子と遊んでくれました。
息子とタッチしてくれたあの手。
厚くてゴツゴツしていて指は短めで張りがある。
そんなおじいちゃんの手が好きで、いつもさわっていました。
でも、あの手の温もりはもう感じられない。

お通夜の時、涙をこぼす私を見てタオルで拭いてくれた息子。
棺に入っているひいじいを見て、頭をなでなでしていました。
まだ息子の記憶にはひいじいとの思い出が残らないかもしれないけれど、もう少し大きくなったらひいじいの話をしてあげよう。
ひいじいが好きだった時代劇を一緒に見よう。
ひいじいが息子の心にも生き続けてくれることを願って。

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