「歳末の一人遊び」

「故郷に帰るのは大事な事」
仕事から帰宅し、いつも通りにまずテレビを点けるとそんな言葉が聞こえてきた。
「自分をリセットするためには一番いい」的な言葉がその後に続いていたように思う。
そういえば、今年はお盆も帰らなかったし、そもそもお正月も帰っていない。
っていうか、去年もお正月は帰ってないわ。
などとブツブツ言いながらキッチンに入り、急いで夕飯の準備をしていると、スグにその番組が終わり、ニュースが始まった。
思わず、手を止め厳しい表情で画面に見入っている自分の姿が視界の隅の鏡に映っているのに気が付き、ふと同じようにしているお母さんとお婆ちゃんの姿を思い出した。
やっぱり、どれだけ離れていてもそうなのよね~とニンマリしていると電話が鳴る。
お母さんだった。
勿論、ここでもやっぱりなぁ~とニヤついておいてから得意気に電話に出た。
目に見えないモノを信じる私にとってこういうのは嬉しいが、まあ当たり前よね、と思っている所もある。
未だにお母さんとはへその緒が繋がっているのだと思っているし、電話で話す時は結構な糸電話で話しているような気さえしているので、携帯端末が要らなくなる日も近い。

「帰ってくるの?」
「まだ分からんけど、帰らへん」
「分かってるやん!」
「あはは」
「えーなんでよー帰っておいでやー」

そんな事を話しながら帰れたら帰るわ、と曖昧にして電話を切ったが「あんたとお酒でも飲んでみたいんや」と言ったお母さんの一言がなんとなく残っていた。
そういえばそんな事もしたことなかったっけ?
ぼんやりそんな事を思ったまま布団に入ると夢も見なかった。

朝。
といっても夜。
冷たさで目が覚めた。
全身が汗にまみれて冷たくなっている。

ーん?

と起き上がると身体が重く、こめかみがガンガン脈打ち割れそうに痛い。

ーやってしまった。

今年は暇さえあれば風邪を引く私が一度も風邪を引かず、もちろんインフルエンザにもかからなかったアニバーサリーイヤーになるはずだったのに年末の魔力にやられてしまった。
後悔先に立たず。
油断した自分の責任だけども、途端にこのまま布団の上で年を越すのかと思うと、何だか色々なモノが暮れていく。
そういえば、私‥‥魚座魚座と言ってきたのに調べてもらったら水瓶座やったなー。
とぬるめの走馬灯を走らせた後で、そういえば来年は午年か‥‥一回は乗馬してみたかったなーと想いを馳せてみる。

ーあ、年賀状‥‥。

まだ果てる訳にはいかなかった。
我が家に持てる限りのビタミンCを摂取すると、やはり病は気からか、色々なモノが瞬く間に明けてきた。
なんなら余分に元気になった様な気がする。
もしかしたら普段あんまり汗をかかない私が汗をかいた事でとてつもないデトックスになったのかもしれない。
やはり、何事も暮れたら明けるのだ!
と、一筆日記に書き記すと心静かに年賀状にとりかかった。

一段落して気が付くとカーテンの隙間から日の光が漏れ、何やらスズメ達が囀っている。
そういえば、近頃東京のスズメの数が減少傾向にあるとニュースで聞いてから、特別に何かを施すわけではないけれど、スズメを見たら優しくしようと決めている。

部屋の電気を消し、窓を開けると綺麗に晴れた朝の澄んだ空気が病み上がりの身体に染みて、思わず深呼吸した自分自身に人間としての本能を感じ、嬉しくなってしまう。

ベランダから見える裸になった街路樹の枝先には、止まっている数羽のスズメが気持ち良さそうに膨らんでいる。

「何と身体にいい光景なのでしょう」

今、見ている景色にナレーションを付けなさい、と言われたら私はきっとそう言うと思う。
あっ‥‥センスは問わないで下さい。‥‥ね?

それにしてもスズメの頬っぺは何故にあんなに可愛いのか。
黒いチークがあんなに可愛いなんて、惹かれてしまう。

間違って部屋の中に入って来てもいいよと、言い残し年賀状片手にポストへ向かった。
外に出ると影は寒くて日向は暖かい。
当たり前だけども、やっぱり歩くのは日向の方がいいし、横断歩道も白いところだけを渡りたい。
影を除けて日向を進む事だけに集中していると、全然関係のない横断歩道の白の上に居た。

ーふふ何やってんねん、私。

薄く笑った後でゆっくりと来た白を引き返していると、信号が変わりクラクションが鳴った。
思わず駆け出すと、黒も白も関係無く、ただポストの前に立っていた。

ーそうね、そういう事よね。

と妙に納得してそっと年賀状をポストに投函した。

きっとこの内の誰かにお年玉が当たるに違いない。と、ここで大予言しておく。
あ、でも‥‥例の如く問わないで下さいね?

なんとなく良い事が起きそうな日。
それが今日なのです。
毎日届く占いでは今日は最悪の一日になりそうな予報だけども、全くそんな気がしない。
こんな日は当てもなく一日中外を歩くに限るし、美味しいランチを頂くに限るのだ。
前から行ってみたかったお店まで歩いて行ってみると、お店の前に列が出来ていて無理かな~と思ったけど、テラス席なら大丈夫という事なので是非にそうした。
こんなに天気のいい日にお店の中にいるなんて勿体無いがな、と思ったのも束の間。
何故か唐突に風が吹き荒れて紅茶のカップの中に落ち葉が入るわ、髪の毛は制御不可能だわで大変な事になった。
そして、何よりも寒い。
優雅に過ごすはずだったランチもソコソコに、そのお店を後にすると近くに気になっていた雑貨屋さんがあった事を思い出し行ってみると年明けまでお休みだった。

結局、少し遠回りをして夕飯の材料と共に帰宅すると、今度はドアが開かない。
正確には細く開いたのに、誰かが中からノブを引いたような気がする。

ー中に誰か居る!?

と一瞬過ったが、いやいやそんなんありえへんと勢い良くドアを開けると、開けっ放しにしていたベランダから猛烈な風が吹き込んでいた。

ー中からノブを引いていたのは君か。

一件落着するとまた熱が出そうやし、出る。
フラフラと下げていた買い物バックをテーブルの上に乗せると、小さなカタツムリがテーブルの端に乗っているのを見つけた。

ーんっ!?

注意深く良く良く見てみると、それはカタツムリにあらず、小さなフンだった。
犯人は黒いチークのあの子に違いない。

遊びに来てくれてありがとうなのか、否か。
これはあの子なりのお返事なのか、否か。
分からないけど、今年のお正月はお母さんが東京に来る事になった。

コメント

初めてのコメントです。

香港の方ですけど前からずっと応援してます。
これからも応援してますのでがんばってください!

レオ 2015年03月05日

文章がすごい

7171871 2014年05月11日

初めてコメントします。

日常の情景が目を瞑っていても見える感じです。
素晴らしい文章力ですね!
すずめちゃんへの優しさが、ほっこりしました\(^0^)/

じゅん 2014年02月02日

こんなに心のこもった長文なのに誰の目にも留まってないのはもったいなさすぎる。

おおた裕晋ーじす 2014年02月01日

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