「続」

小鍋を持った母親の後について玄関を出ると、パタパタと先に行きドアをノックした。

「こんばんわー」

程なく開いたドアから顔を出した叔父さんはとても驚いた様子で、思っていたより咳き込む口元を慌ててスウェットの裾で抑えた。

「大丈夫ですか?」
「ぁ、すいません。こんばんわ」
「こちらこそ、夜分にすいません。これ、少し多めに作りすぎてしまったので、もしご迷惑じゃなかったらとおもったんですけど、、、」
「へ?ぇえー!」

ー「その時のことって今でも鮮明なんだよね。一瞬何を言われてるのか分からないみたいな感じだったんだけど、嫌がってるって感じでもなくて、おじさん、不思議な顔してるな~ってマジマジ見上げてたのを覚えてる」

次の日、隣人はピカピカに磨き上げた鍋を返しにやってきた。
高級なカルピスを添えて。

ー「両親は恐縮して、逆に気を使わせてしまったとか言ってたんだけど、私的にはそれで一気に親近感が湧いたんだよね。悪い人じゃないっていうか、それより単純に良い人だって。それに母親がそう言ったからそう思ったのかもしれないけど」

隣人が添えたものは、明らかに彼女宛てのプレゼントだと思った。

それからは玄関先や近所で姿を見つけると、積極的に挨拶するようになった。
それはたった「こんにちわ」と「さようなら」だけだったが、とても親しくなったような気がして、知らぬ間にあれやこれやと隣人の事を考えていた。

そんな時は決まって壁をノックする。

コンコン。

コンコンコン。

それは一人さみしく留守番をする彼女にとって暖かい繋がりになっていた。

ー「それから暫くして、下校途中にばったり叔父さんに会ったの」

いつも一緒に下校する友達とバイバイしてスグの事だった。

「ぉお!こんにちわ」
「あ、こんにちわ」
「今帰り?」
「そぉ」
「じゃあ同じだ。一緒に帰ろう」

叔父さんは抱えていた大きな茶袋に手を突っ込んで、中から幾つかを差し出した。

「これ、良かったらどうぞ」

見ると、これまでに見たこともないような大きなキャラメルの箱とチョコレートだった。

「あ、でも、、、」
「お母さんに叱られる?」

頷く彼女にそれらを持たせると「大丈夫。もし怒られたらおじさんがちゃんとお母さんに言ってあげるから」と微笑んだ。

「ありがとう」
「どういたしまして」

二人は並んで帰り、ドア前で別れた。

玄関から部屋に戻り、貰ったばかりのお菓子を眺めながら、ふと今更思った。

共働きの家庭で育った彼女にとって大人は朝から晩まで働いているというイメージしかなかったが、叔父さんは何時でも壁をノックすれば返事をする。

おじさんってなにやってるんだろう。

謎めいた優しい叔父さんにどんどん好奇心が刺激される。
今度、一回聞いてみよう。

そう思ったことを忘れぬうちにノートに書き留めた。

その日、帰宅した母親にお菓子の件を話すと、ちゃんとお礼を言ったのかと何度も念を押された上で、次からは受け取ってはいけないと言われた。
何と無く予想はしていたが、納得がいかない。
何が悪いのか分から口答えもしないまま、その話はおわってしまった。

翌日。
朝早くにゴミ出しに出た母親がドア前で何やらお礼を言っているのが薄く聞こえた。

その日も昨日と同じ場所で叔父さんにばったり会い、同じようにならんで歩いていると、同じように抱えていた茶袋からお菓子を差し出した。

ー「もちろん、いけないんだろうな、とはー思った。でも断ったら見えない糸が切れてしまいそうだって気もしてたんだよね。まぁ、絶対的に欲しくないものじゃないって前提はあるんだけど」

それからは毎日、友達と別れた後に叔父さんと会うのが常になっていた。
いつもより早く授業が終わる土曜日でも必ず叔父さんは居る。

そして、必ずお菓子を差し出し、彼女も受け取った。
その事は誰にも黙っていた。

「おじさんっていつも何をしてるの?」

思い出したように彼女は聞いた。

「ん?」

叔父さんは苦く笑いながらそう言っただけで、それ以上は何も言わなかった。

聞いてはいけない事をきいてしまった。
どうしよう。

そんな事をおもいながらq、チラリと様子を伺ってみると、叔父さんは真っ直ぐに遠くをみつめていた。
口元は作っていたように思えたが、目がさみしそうで辛い。

見上げてみると、家は目前に迫っていた。

「おじちゃんのお家に遊びたいな」

自分でも何故そんな事を言ったのか、、、、というより意味は分かるが、言葉に出来たことが信じられなかった。
家の厳しいルールは誰よりも分かっている。
友達と遊ぶ時でさえ事前に申告し、相手の親御さんに連絡を入れてもらわなければいけない決まりだったし、それすらもダメな事さえある。

ー「多分、隣だっていう安心感もあっただろうし、母親の帰る時間までに戻ってれば絶対ばれないって自信もあっただろうしね。そもそもちょっとだけって気だったんだと思うのよ、きっと」

その日、初めて彼女はランドセルを背負ったまま自室の前を通り過ぎた。

~続く~

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