観劇「ガソリン・ホットコーラ」

昨日は、下北沢でガソリン・ホットコーラを観劇。

少年の頃からガソリンスタンドで働くことが夢だった弟。
大人になってその夢を叶え、ガソリンスタンドを買取り、経営するが
彼らの生きるその場所は超高齢化の過疎地域となり、ガソリンを必要としない。
たまたま通りすがりのサラリーマンが、社用車に給油しようと立ち寄るが
ガソリンのノズルは車まで届かずに、給油する方法さえ考えつかずに同じ場所で、足踏みを何度も繰り返す‥。
何のために、ガソリンスタンドを営んでいるのかすら本末転倒な弟の現在。夢をかたちにしたはずなのに、いつまで経ってもガソリンが入れられない。
なぜ入れられないのか、それすら気が付かずに、地団駄を踏んでばかりいる。

夢を叶えた気になって、欲しいものを手にした気になって、
かたちにばかり満足して。
一体何を掴んだというのか。

弟を観ていると、わたしの胸がドクンと鼓動する。
自分に言っているようで、自分の未来に教えているようだった。

兄は、ろくに働きもせずに、自分の世界のなかで生きている。
兄の目からはこんなふうに人の声が響いて、心が剥き出しになって見えているのだろうか。
兄の四方三和する思考に巻き込まれるようにして、ストーリーの迷路にはまってしまう感じ。
架空の人物を造り、荒んだ未来を行き来する。翻弄されるように、なにが現実で、ここがどこで、未来には何があるのか、今が一体いつの時代なのか、行ったり来たりでわからなくなる。
そもそも、この兄自体キャラクターが突飛すぎて‥濃い。
でも、この人は唯一ただ自由に生きている。

弟の奥さんは愛想を尽かして、夫の姿を見かねて現状を打破しようと強硬手段にでて、なにもかもを壊そうとする。

いつでもそこにあるのは瓶のコーラ。炭酸が強くて喉にしみるコーラ。
沸騰させて気の抜けたコーラ。コーラ。コーラ‥。
コーラってそもそもなんだ?得体の知れない液体だ。
それすら訳がわからなくなる。

しかし、理由などいらない。
いつの時代にもコーラはそこにあり、人々はコーラを飲んで喉を潤す。

人々はたとえ、架空に造られたものあれ、現実であれ、創造された世界であれ、寂れたガソリンスタンドであっても、そこでなにかを求めて
生きている。
失敗しても失ってばかりいても、何も掴めていなくても、確かに彼らは
なにかを求めて生きている。
濃厚で不器用な人間のある種のエネルギーに溢れていた。


役者の方々の熱いお芝居とシュールな笑いのセンスが光る舞台。
笑いがあって切なくて、どこか寂しくて‥
スパイスが効いてて行き過ぎた爽快感のある独特なおもしろさ。
けっこう笑ったな〜*

コーラちゅうか、ビールが飲みたくなりました。笑
ストーリーの展開についていけず、途中で追いかけるのを辞めて、純粋に役者さんのお芝居を堪能しました。
表現するのって、気持ちいいんだろうなって思いました。

お芝居、楽しかったです!(^_^)v

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