「一月物語」

年に一度、各々他県に住んでいる親戚が一同に集うのは、正月の三が日に祖母の家。という伝統がある。

「もぉ~い~くつねるとぉ~」と指折り数えたお正月もとうとう今日がその日だ。

そう頻繁に会えないおばあちゃんに会えるのを楽しみにしている知里にとって、唯一億劫なのは親戚の智樹だ。
忘れもしない去年のお正月に思い切り髪の毛を引っ張られて泣かされた事を未だに根に持っている。
それ以来、口も利いていなければ、会っても居ないので、なんとなく気まずい。
が、今年は来ないかも知れないとの情報を小耳に挟んだので、満更最悪なお正月が約束されたわけでもない。
朝早くから、両親の運転する車に乗り込み向かうおばあちゃんの家は、とてもアンティークな日本家屋だ。
その家はとにかく外と中の境界線が曖昧で、家の中に居ても外に居るのと差ほど変わらないほど寒い。
玄関から一直線に延びる長い廊下から枝分かれするように、台所や居間があるのだが、この廊下が昼夜問わず、本当にキンキンに冷えていて、のぼせた湯上りでも、この廊下に出てば一発で体が芯から凍ってしまう。
そもそも玄関の引き戸にしてみても、ぴったり閉まる事はなく、去年の夏休みに訪れた際には、小さく欠けた戸の隙間から蟷螂が家の中に入って来るのを見つけたので、ほとんど信用していない。
なので、廊下はほぼ外だと言える。

その廊下と部屋を隔てているのが、ガラス戸であり、襖なのだが、吹き間風が半端ではなく、コタツのある部屋はまだ良しとしても、灯油ストーブしかない台所は大人が居ないと雪が降り出しても不思議ではない。

知里は玄関を上がると、廊下をミシミシと進む。
左手には大きな流しのある台所、右手には居間と、その向こうに庭がある。
知里はそれを横目にそのまま突き当りまで進むと、一番に大好きなおばあちゃんの部屋を訪れた。
襖の前で一時停止し、耳を澄ませてみたが何も聞こえない。

いないようだ―。

ホッと改めて襖をノックし「おばーちゃーん」と呼ぶと「入んなさい」と返事がした。

この襖も、玄関同様ぴったりは閉まらない。

「あけましておめでとうございます」
知里はそう言いながら歩み寄ると、隣に腰を下ろした。
「はいはい、おめでとうございます」
モンペ姿のおばあちゃんは編み物をしていた手を止め、知里をコタツの中へと誘う。

「元気だったかい?」
「うん」
「いい子にしてたの?」
「うん!」

するとタイミングを見計らった様にバタバタと廊下を走る行儀の悪い足音が聞こえて来たので、知里は思わず身構えた。
その足音はやっぱりおばあちゃんの部屋の前で止まると、乱暴に襖を開けた。

智樹だ。

「これ作って」
と真新しい凧を手に突っ込んできた態度に知里がムッとすると、おばあちゃんは制するようにやさしく微笑んだ。

「はいはい、どれどれ」
「これ!後で取りに来るから作っといてね!」
なかば放り投げる形で一方的に凧を預けると、本人はまた何処かへ駆けていった。
「もぉ!そんなのおばあちゃんが作らなくたっていいよ!貸して!返してくる!」と膨れっ面の知里におばあちゃんは「良かったら、知里ちゃんがおばあちゃんの代わりに作ってくれる?」と言った。
憎き敵の凧をナゼ私が!という思いもあったが、編み物をしているおばあちゃんが可愛そうだったので、しぶしぶ頷くと知里は凧を組み立て始めた。
その様子を横目に編み物を再開したおばあちゃんは静かに「このお家を訪ねて来るって事は必ず意味があるのよ?例え、それがなんであっても。分かる?」

「ふん?」

分かるような分からないような返事をすると、おばあちゃんは更に続ける。

「智樹も仲直りしたいと思ってるよ?」
「も、って?私は何にも悪くないもん」
「でも仲直りできたら良いと思うでしょ?」
「・・・」
「まぁその凧が出来たら分かるわ」
「もう出来たよ?」
「じゃあ、襖を開けて玄関を覗いて御覧なさい」
知里は襖を開けると廊下の向こうに立っている智樹を見つけた。
「一緒に凧揚げしに行こう・・・」
遠慮うがちに誘うその手元には知里が持っている凧と同じ凧があった。
「それ、知里ちゃんの凧だって。仲直りしたいんだって」
振り返るとおばあちゃんがニッコリ微笑んでいた。

これが初夢だった。
目覚めると、知里は首までコタツにすっぽり埋まっていた。
部屋の電気は既に消えていて、無音のテレビ画面にはただ絵が流れている。
八畳ほどの居間で大騒ぎしていた大人達は各々、毛布を被りあちらこちらで気持ち良さそうに寝息を立てている。
知里は体を起こすと、汗で冷たく張り付いている洋服とうなじの髪にムズ痒さを覚えた。
体がだるく、頭がボーっとする。
夜遅くまで続く大人達の宴に飽きもせず便乗し、ひたすらコタツでミカンを食べ続け、そのうちに寝てしまったようだ。

凧揚げは出来ないな―。

そんな事を思いながらトイレに行こうと廊下に出ると、おばあちゃんの部屋の襖から光が漏れているのに気が付いた。

次の日―。
ドタバタと廊下を走る足音に目が醒めた。

夢と違っていたのは智樹が自分で組み立てていた事と、最初にごめんと謝ったことだ。

「別に良いよ」

ぶっきらぼうに頬を掻くと、カラカラになったみかんの紐がホロリと落ちた。

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