海北友松と建仁寺

数日前のニュースをネットで読んで、
先日勉強していた桃山時代の絵と絵師について思い出しました。


絵師の名は

海北友松

かいほうゆうしょう

と読みます。


海北が活躍した桃山時代から江戸時代初期にかけては
狩野永徳や長谷川等伯などが大活躍した頃。

お城の建築と、お寺も含めて、
それら建築物を飾る障壁画や襖絵が
華やかに咲き乱れていた時代でした。

私も美術史の勉強に取り組むまでは
狩野永徳などの名前は歴史の授業でも登場したので知ってはいたものの
海北友松までは知りませんでしたが、

海北は
京都にある建仁寺障壁画襖絵を描いた人物。


今回、それらの作品が
デジタル複製されて
建仁寺にて全50面、全て公開されることになったというのです。

現存する本物の障壁画や襖絵は
保存のために、現在では京都国立博物館にあります。


そもそも京都国立博物館にこれらの本物が移されたのは、
京都新聞の記事によれば、
1934年の室戸台風により方丈が破損したことからなのだとか。

美術作品として
きちんと管理された環境の下、
大切に長く公開・保存されていくことは大切なことではありますが、

もしも可能であるならば
その絵が本来設置されるべきだった場所で観る
というのが、作品本来の美しさ、魅力が一番引き立つと思うので
ベストなんだろうなと思います。

そういう意味では
現代技術を駆使して再現されたデジタル複製画にて
本来あるべき場所にてその絵を観ることが出来るというのは
本当に素晴らしいことでもあるわけです。


美術史を勉強していると
海北の代表作としては「竹林七賢図」がよく取り上げられるのですが、
この「竹林七賢図」も,もちろん今回のデジタル複製画に含まれているそうです。


今回のプロジェクトでは
高精細デジタル画像を和紙に印刷した後、
手作業で金箔部分などを仕上げていったとのこと。


美しい作品が
こうして様々な技術の発展によって
より長く美しく伝わって行く。素敵なことですね。


ちなみにこの海北友松様、
なんとお父様は浅井長政の家臣。
つまるところ、武士のお家の息子さん。
武士の家から絵師になり、
こうして2012年にまで愛され残っていく作品を描いたわけです。

室戸台風の後、78年ぶりに今回復活をした
建仁寺の障壁画と襖絵、全50面。

いつか京都まで行ったら
観に行ってみたいな。

お寺の拝観料で海北友松のデジタル複製画も見学できるとのことです。





参考資料:京都新聞:ウェブ版2012年11月20日記事
     読売新聞:ウェブ版2012年11月21日記事
     沖縄タイムス:ウェブ版2012年11月20日記事
     『西洋・日本美術史の基本』(「美術検定」実行委員会)

コメント

素晴らしい話ですね。チューリップ

また、京都国立美術館は、小学生の時に一度
行ったので、きっとその時に本物の作品は
見ていると思います。クローバー

この時代の作品は、勇壮で、かつ、繊細な感じで
私も好きです。芽

そして、長谷川等伯に関する小説は、葉室麟さん
のものや、安部龍太郎さんのものがありますよ。りんご

まるみる 2012年11月23日

建仁寺は名前は存じ上げてございます


有名な人は絵や文字を残して


現在に生きる


素晴らしいですほっとした顔

隼人 2012年11月23日

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もうすぐ

京都へ

行ってきます。

行ってみようかな。、・

グラとし 2012年11月23日

まりさん♪

おはようございます!

良い事ですね、カドさんも建築が元々専門なので、襖絵など、建築

にかかわる美術には、興味が有ります!

本来なら京都国立博物館や、奈良国立博物館の正倉院展など見たい

のですが、ちょっと今の状況では無理です。せいぜい上野の国立博物館

の物を見る位ですよ!


カドさん!!Σ(×_×;)!

カド 2012年11月23日

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