メセナと美術と人間力

日本における美術展について勉強していたら

「メセナ」

という言葉が出てきました。

メセナは、

「即効的な販売促進・広告宣伝効果を求めるのではなく、社会貢献の一環として行う芸術文化支援」

と定義されていました。

1980年代以降、
日本では企業による文化支援への関心が高まってきて、
1990年には企業メセナ協議会という本格的な活動拠点ともなるものが発足。

こうしてメセナ活動が活発になっていった頃、
日本で活動の中心的存在であったのが
資生堂の福原義春という人物だった、

というところまで
勉強が進んだところでした。

ここまで来て

あれ?

と思い、美術史とは関係のない本をぱらぱら。

あっ、やっぱり!と、どんぴしゃりで見付けたのが
福原義春さんの言葉でした。



「自分を磨くためには、大きな人に会うことです。対面すること、対面しようと努力することで、人間力は確実に強まるのですから。」





現代において、メセナは、CSR(企業の社会的責任)の一環として行う企業も出てきているのだとか。

こうやって
社会へと貢献して行く何か、発信していく何かの
始まりを中心となって作ってきた方の言葉として
美術の勉強をした後で読むと、さらに、違った方向からずっしりと来るものがあると感じます。

美術作品は
その作品を作成した制作者と
美術展示を観に来た鑑賞者を繋ぐものでもありながら
人と社会を繋ぐもの、社会と社会を繋ぐものでもあるんですね。

昔から、美術展を開催するために、
その時代ごとに合った、制作者と鑑賞者を取り巻く重要な人たちが
たくさんいました。

そこに必要だったのは
もちろん展示される作品の素晴らしさ
そしてそれを観に来てくれる鑑賞者の存在も不可欠ですが、

そもそもの根底にあったものの1つが

上の言葉にあった
「人間力」
なのかもしれません。

1つの美術展、1つの美術作品を通して
制作者と鑑賞者という、人対人の繋がりだけではなく
もっと広い範囲で、人から人へと繋がって行くこと。

そこに重要となる「人間力」は
「自分を磨く」こと。
「大きな人に会う」こと。




昔、「また会いたいな」と思う人はどんな人なのか
考えたことがありました。

その基準は人それぞれに違うかもしれませんが、
私の場合は
刺激的な会話が持続できる人
が1つの基準としてあるのかもしれない、と感じました。

お互いがお互いの頭の中に良い刺激を送りこみながら
楽しい会話が成立しているという状態。

自分の脳もなんだかすごく活気づいている気がするし
相手の発言も活発で、
お互いの意見が積み重なり、削られ、また積み重なり、
発展的な会話が展開しているというイメージです。

そういう時は

ああ、人に会う時間を作ってよかったなと思うし、
また今度会って話したい人だなとも思うし、
とても有意義な時間を過ごせたという充実感が湧くんです。
自分を成長させてくれる人と話をしたんだなと感じます。


展覧会に行って、美術作品をみて
帰り道、いろいろなことを考えるきっかけを心に受け止めていたりするのは

作品制作者をはじめとして
その作品の具体的な配置などその場の見せ方を考えた人、
展示ならば企画を考えた人、
その作品が展示可能なように運搬してきた人、
多くの人に観てもらえるように宣伝した人、
その他多くの人たちとの

繋がり、いろいろな立場の人と人との人間力が渦巻いた中に
どっぷり身を投じて静かな心で作品と向き合うからなのかもしれません。




参考著書:『賢人たちに学ぶ 道をひらく言葉』(かんき出版) 著者:本田季伸
       『美術館を知るキーワード』(美術出版社) 編集:「美術検定」実行委員会

コメント

ハートまり様

晴れこんにちは。

11月雪段々冷え込んで来ますね、風邪にご注意下さいませ。

ハートハッピーまり様ハート

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