「九月物語」

「何か、なんか分からないんだけど、、、無性に寂しくなるんだよね、日曜日の夕方って。多分また明日から学校、始まるじゃん?だからかも。意味分かんない事言ってごめんね、忘れてくれ!」
 宏美はまた一つ送れないメールを打つと、未送信ボックスに保存した。
 時計を見ると、もう21時を回っている。
 夕飯も食べたし・・・お風呂にも入っちゃったし、もう寝るって言っちゃったからリビングには戻れないし・・・。
 暇つぶしは目の前に積まれたプリント位だが、そんな気分じゃなかった。
 ちょっと頑張って学習机に就いてみても、どんどん憂鬱になるだけで虚しさが増した。
 頼りは携帯電話だけだったが、唯一の親友は受験勉強で忙しいらしく返信が無い。
 「ねーねー、まだ九月だし、なんならまだ夏休み中 だし、ちょっとくらい遊ぼうよ?」
 とメールしたのはもう夕方の事だったが、未だ応答は無い。
 「勉強するって楽しい?」
 「楽しいよ!当たり前ジャン、楽しくなかったらやってないし(笑)」と笑った彼女の顔を思い出し頑張ってプリントを一枚、捲ってみると難解な文字と数字のオンパレードで携帯の液晶と長時間睨めっこしていた疲れ目には眩暈すら感じさせる程のボリュームだ。
 「・・・これはねぇ~体に悪い」
 宏美はまた未送信ボックスにメールを保存した。
 「それに・・・」
 皺一つ付いていないまっさらな藁半紙を汚い自分の文字で汚してしまってはいけないと逃げた。
 「はぁ~」
 思いっきりベッドに飛び込むと、絶対に誰かに届け!とばかりに大きく溜息を吐いてみると、願いが通じた。
 机の上に置いた携帯電話が紫色に着信したのだ。
 余りに急いで携帯にがっついたので、お腹の筋がピンっと攣ったが、宏美は笑っていた。
 「もし?」
 「っていうか、授業中なのにあんたが五月蝿いから集中できないんですけど?」
 「良いじゃん良いじゃん、サイコーじゃん。今から遊ぼうよ?」
 「はぁ?明日から学校なんだよ?」
 「知ってるよ、私だって同じ学校に通ってる訳だし、なんなら同じクラスだし、女子だし」
 「あ!だめだめだめ、あんたまた宿題やって無いんでしょ?」
 「はっはっは。其れが全部終わらせてしまいましたの、私。偉いでしょ?だからね、遊ぼうよ!」
 「ホントかな~。怪しいな~」
 早紀は電話の向こうで宏美が言っている事が嘘だと分かっているが騙された振りをした。
 「分かった、分かった。じゃあ泊まりにおいでよ。明日、一緒に学校行こ。」
 「え、ほんと?」
 「うん、ほんと。その代わりに条件があります。」
 「何?」
 「数学のプリント、ちゃんと持ってくる事。ママに宏美と受験勉強するからって言うつもりだから、そこんとこ宜しく。でもってコンビニで甘いもの買って来て。今、私コンビニの前自転車で通り過ぎといたから」
 「お安いお安い。じゃあ後でね」
 宏美は右手に携帯電話と左手に財布を握ると抜き足、差し足で実家を出た。
 外に出ると雨はもう止んでいたが、湿った空気に草木の匂いが混ざって息をする事が楽だった。
 「美味しい空気、一吸い・・・50円?うん、売れるな」
 宏美は暗い夜道をルンルンと歩きながら行きつけのコンビニに入ると、早紀が居た。
 「おぉ!待っててくれたの?」
 「次いでだから、自転車も漕いで貰おうって思って」
 「はいはい、お安いお安いですよ?」
 「わたし、ティラミスとプリン」
 「はいはい、お高いお高い」
 宏美はティラミスとプレミアムなプリンを選ぶとレジへ。
 早紀はその後に続く。
 「ありがとう」
 「私の方がありがとう、今日も塾、疲れた?」
 「んーそうでも無いよ、予習と復習と応用だから取り立てて大変な訳じゃないけど、あんたは何してたの?」
 「私も大体同じ感じかな~」
 「・・・へぇー。分かった、私が疲れるとしたらあんたのそういう感じが疲れるのよ!」
 「うそっ!迷惑?」
 「ふふ全然」
 「ノミの心臓に悪い事言わないでくれる?」
 「ははは。っていうか宏美って頭イイと思うんだけど駄目?」
 「ん?駄目って何が?(笑)」
 「いやいや、勉強。一緒に塾行こうよ。じゃあずっと一緒だし、面白いよ?結局なんでもコツだから、私が教えてあげる」
 「うん、気持ちは嬉しいよ?」
 満面の笑みで茶化す宏美は相変わらずだ。
 そんな友人を見ているのは辛かった。
 「あんたの顔を見てると頑張らなきゃって思うの、私」
 「あらま、なんで?」
 「んー?なんとなく」
 「なんとなく?」
「うん、ホントはちゃんと理由があるんだけどね、内緒。」
 「私にも内緒にしてる事があるんだ~?」
 「ないわ!そういう意味の秘密じゃない」
 「じゃあどういう意味の?」
 宏美は急に心配になった。
 それは早紀が宏美を心配する事に似ている。
 「ほら、その感じっていうか雰囲気かな。頑張らないとって思うんだよね、何か分かんないけど。多分、私ぐらいだからじゃない?あんたとまともに友達なのって(笑)」
 その言葉に対して宏美は笑う事しか出来なかったが、早紀のそういうデリケートな部分をブ スリ突き刺してくれる所に心が休まった。
 「そうだね、そうかも」
 「ほら、また泣こうとしてるでしょ~?」
 「うんん、泣かないけど、時々もう取り戻せないんじゃないかって怖くなるんだよね」
 「んー、まあもう明日か学校開きだから夏休みは取り戻したくても、戻らないよね」
「そうでしょ?だからもう良いの!あ、プリント持ってくるの忘れてた(笑)」
 「ワザとでしょ?」
 「・・・うん」
 「そろそろ良くない?」
 「?」
 「そろそろ私も大学生になる覚悟してるから一人暮らしの為に貯金もしてるし、勉強もしてるの、こんな田舎にいつまでも居てたまるかーって思ってるから東京の大学受けるのも私的にはチャレンジだし、いろいろとこんなでも考えてるんだよ、あんたとの事。」
 「・・・どういう意味?」
 「分かんない?一緒に東京で4年くらい遊ぼーよって誘ってんの」
 「え、無理無理無理、そんなんムリ」
 「ふ~ん、私は無理じゃないと思ったから誘ってみたんだけど、宏美が無理っていうんなら無理なんでしょうね?」
 「だってもう間に合わないよ・・・」
「だからさ、今日は私があんたの家に泊まる事になってるから。」
 「え?」
 「もう家のママにも電話で伝えたし、宏美のママにも電話した、さっき。」
 「え、ほんとに?」
 「うん、だから今日から寝れないですよ?平均睡眠10時間の子犬さん(笑)大丈夫だよ?」
 「え?」
 「そんなに不安にならなくても。あんたが落ちても私が受かればあんたは必然的に私と東京に住むんだから!もう決まってるんだから」
 嘘でも本当でも慰めでも情けでも何でも良かった。
 この時、本当に宏美は心から涙が出た。
 「ありがとう、いつもごめんね、ありがと」
 「どういたしまして。もうすぐ家だよ、泣き止んで、早く!」
 「ふん」
 宏美はパーカーの袖で鼻を咬むと、勢い良く自転車のスタンドを立てた。
 「私、ちょっと頑張る!」
 
 あの時、早紀が私に言ってくれた事、覚えてる?私、あれからホントに少しだけだけど強くなれた気がするの。まぁお受験は失敗したけど、来年、待っててよ!必ず早紀の後輩で同じ大学に入るから!ピカピカの一年生!私のお部屋はまだちゃんと明けといてくれてるの?ちゃんとお世話してくれないと私、頑張れないんだからね?宜しくお願いします」
 宏美はメールを送信すると再び机に向かった。
 「ちゃんとお部屋は空いてるけど、ホントに来年来れるの~?笑 心配はしていませんが、気にしてまぁ~す!頑張らなくたってあんたは大丈夫な様になってるんだからね。なんかあったらスグ遊びにおいで、東京都に!」
 早紀からの返信にも気が付かず、今、宏美は数学の計算問題に夢中になっている。

コメント

うーん、深い。。。☆

まるみる 2012年09月01日

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