『岸辺の旅』

亡くなった夫が
妻のもとへ3年後にひょっこり帰って来る物語。

『岸辺の旅』(文藝春秋)
湯本香樹実さんの本を読みました。

夫は既に海の底で
蟹に食べられて亡くなったという事実を
目の前に人間の姿として見えている夫の口から聞かされた妻。

生きているはずの妻と
亡くなっているはずの夫の
奇妙な旅の物語です。

まるで
長い間旅にでて帰って来た夫と
久しぶりに過ごす穏やかな時間のように
二人の間には、不思議とゆったりとした空気が流れて行きます。

旅の途中で
妻・瑞希の亡くなった父親が出てきて会話するシーン。
瑞希の夢の中の話なのですが

「死者は断絶している、生者が断絶しているように。死者は繋がっている、生者と。生者が死者と繋がっているように」

という父親の台詞が出てきます。

この後、夫・優介も同じ内容を語るのですが、

夫も父も二人ともここで言う「死者」なわけです。

繋がっていられるのか、
会えるのかは、
想いが繋がっているかに
深く関与しているんだなと
なんとなくこの言葉から思ったのでした。

生きていたって、
気持ちが離れてしまって、すっかり忘れてしまって、
お互いを想うことが消えている人たちもいれば、
亡くなっていたって、想いはずっと繋がっている人たちもいる。

妻・瑞希の

「行かないで」

という言葉。

「背中がふるえている。行かないで、ともう一度言いたいのに、言葉はただの音のかたまりになって溢れてしまう。優介とこのまま旅していたい。優介といたい。行かないで。」

行かないで、という想いで
体全体が粉々になってしまいそうなのに、
それくらい強い想いであるのに、

それでもやはり、夫・優介が行かないわけにはいかないのだということを
ちゃんと理解も出来ている。

理解できているけれど、
どうしても、どうしても、
行かないでと想わずにはいられない。


分かっているんです。
この手から、もうすぐ消えようとしてること。

分かっているのに、自分にはどうすることも出来ず、

しかも自ら、消えゆく道を
手伝うことになる、淡々とした作業。

「行かないで」

本当に去ろうとしている者、
去らなければならない者に向かって、
言いたいのに、胸の奥に消音装置でも付けられてしまったかのように
言葉を飛びださせることができない、そんな気持ち。


大好きで、愛していて、大切な、近くの誰かを亡くした人の
その後の歩みというのは、
不思議な重さを感じることがあります。

ずっしりと引きずるような重さでもなく、
羽が生えた軽やかさでもなく、

ごく小さな鉛が
底に、ことり、と落ちているような、
複雑な重さ。


「行かないで」

それを言うことが違うということも
不可能だということも
相手をかえって苦しめることになるかもしれないことも

みんなみんな
理解はしているけれど
心の中いっぱいに広がるその想い。

気持ちがぐるぐると渦を巻き過ぎて
それがやがて
小さな塊になって
その人の中に、ことん、と落ちるのかもしれません。

コメント

こんにちわm(_ _)m


死に関しては


自分は理解出来ないですが


身近な人が死んだら考えなくては


そう思いました(泣)


まりさんの文章見て気になりました

隼人 2012年08月25日

頭で理解していても身近な人を亡くしたことがある人と、経験がない人では、決定的に何かが違うんですよね

ぺけまま 2012年08月25日

この夏、「あなたへ」という、高倉腱さんの映画が
封切られます。映画

今回のお話にもつながるところがある上、私の
故郷が舞台ということもあり、よかったらご覧に
なって下さい。ウィンク

まるみる 2012年08月25日

複雑な心境の本ですね・。、。・

先日、同期の男性が、若くして突然死したので

考えるところがありました。、・

グラとし 2012年08月25日

この本そういや本屋さんでみたんですが、あまりピンと来なかったんですよね。
でもまりさんの文はぐっときました。

むー 2012年08月25日

まり様

昔は戦死と聞かされ、死亡届け出した後に生きて帰ってきたとか、

別の場所で生存していたとか、たくさんあったみたいですね。

戦死したと思っていた夫が別の場所で記憶喪失で見つかり、

また再び妻に恋をするとか・・・


私の祖母も祖父を戦争で亡くして、ずっと一人で父親を育てました。

毎日、仏壇にお供えして手を合わせ、

無言の会話をしている姿が亡き祖母の思い出です。

Hidepppy 2012年08月25日

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