短編文章 3 のらねこ物語

野良猫は、陽の当たる暖かい場所を知っている。
気持ちの良い午後の過ごし方を知っている。
それから・・・・・とびっきり素敵な場所も!

僕は野良猫の後をついて行ったことがある。
それはそれは僕の人生の中で最高に素晴らしい冒険になったんだ。

猫の後をつけるには、まず、忍び足。もしも振り向かれたら探偵のようにさっと物陰に隠れないといけないし、万が一隠れる場所がなかったら、犯人を追跡する刑事のように
何食わぬ顔をして通行人を装ってカモフラージュしないといけない。
そのくらい野良猫を尾行するのは大変なのさ。
狭い路地にも入っちゃうし、道草なんてしょっちゅうだから。
そうやって頑張って野良猫の後をついていったのに、あの猫ってやつは、きっと僕の存在に気が付いて、それで何度かわざと寄り道をしたりして、僕をからかっていたんだ。

細い路地なんてもちろん、商店街にあるお花屋さんの店の中まで
ススゥ~と入っちゃうんだからこれには参った。
猫が喉をゴロゴロ鳴らして、店員の若い女の子に撫でられている間に
僕はお客を装って特別欲しくもないガーベラを一本買ってしまった。
これも野良猫の計画だったに違いない。
だけど不思議なことに商店街のお花屋さんにはもう一つの出入り口があって
猫の後をついてその裏口を抜けるとすぐに古びたビルの一階繋がっている通路があったんだ。

蜘蛛の巣や枯れた植木や盆栽なんかが散らかっていて薄暗くて気味が悪かったけど、かすかに向こう側には灯りが見えいて
この古いビルを抜けたら何かが在るような予感がしたんだ。

ここが何かの秘密のトンネルのように思えてきてしまったんだから不思議な錯覚だ。
それに野良猫がしっぽを振りながら余裕綽々で歩いているから、僕にだって出来るさ!と思うでしょ?
そう、それで意を決して野良猫の後をついて行ったら
目の前に眩しい光が見えてなんと外に繋がっていたんだ!

しかも、そこには見たことのない新緑のきれいな森があって、その先にはガーベラ畑が広がっていて、僕ははっとしてしばらく辺りを見回してしまった。
まさかこんな場所があったなんて信じられない。
野良猫はこっちを見てニャーゴと鳴いた。付いてきて、と言ったのかもしれない。
僕はそう思ってまた野良猫の後を歩き出した。
森のなかを進んで、木のアーチをくぐり抜けて、時々石ころにつまづいたりなんかして、ずっとずっと歩いた。
さわわ、さわわ、と木が風に揺れる音がして、それは森の木々がメロディを奏でているようだった。
すると、野良猫が立ち止まってじーっと何かを見ていた。
僕は猫の目線の先を見つめると小さな小屋があって何やら『月印』と看板にかいてある。
コンコン、僕はドアをノックをした。
ギギーッツと重い木のドアを開けると、珈琲の香りがした。そこはジャズの流れるカフェだった。
カウンターにはひとりのおじいさんがいた。
僕に微笑みかけてから、おじいさんは、「おかえり」と、その猫に言った。
どうやらこの野良猫は、この月印のおじいさんと暮らす看板猫だったようだ。僕は自分が猫の後を付けてきたなんて思ったらなんだか恥ずかしくなってしまって
珈琲を頼んで一番隅のテーブルに座った。
おじいさんはなにも聞かず、珈琲をいれてくれてそっとテーブルに差し出してくれた。僕は珈琲はあまり得意じゃなかったけどつい動揺して注文してしまった。だからミルクと砂糖をたっぷり注いだ。

しかしその珈琲はあまりにも美味しくて、僕は感動した。
おじいさんの珈琲は、優しくて深くて、すごく好きになれた。
店の壁には、おじいさんの撮ったこの猫の写真がいくつも壁に飾られている。
一見自然で無造作な猫の日常の写真だが、僕にはどうもこの猫という被写体は計算してポージングをしているように見えた。
ツンと顔を背けたり、きょとんと首を傾げたり、背筋をピンと伸ばしていたりほんとうにこいつは面白い猫だな、と感心していた。
僕だっていつの間にか猫に案内されてこの店に来てしまったのだから本当にあなどれない猫だ。
なかなか営業力のある大した看板猫だよ、と僕はおじいさんの足元にいる猫を見た。
猫はゴロゴロと喉をならし目を細めている。
そして横目で僕を見て、満足気にニャーゴと鳴いた。

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