あの日から、10年。
当時の私は、まだランドセルを背負っていて、
卒業式を祝う会を体育館で行っていました。
ちょうどステージにみんながきちんと並び
会が始まろうとした時、
目の前に座っている自分たちの両親が
ゆっくりと揺れ始めた途端
体育館のライトが大きく揺れ
ゴーっと大きな音が鳴り響き
あれほどの恐怖を感じたのは初めてでした。
そして、テレビで見た、
自然が凶暴で恐ろしく、一瞬にして
当たり前の日常を壊すという瞬間を
今でも忘れません。忘れてはいけないと思います。
10年が経ち、20年が経ち、100年が経ち、
歴史というものは忘れ去られてしまいます。
しかし、その恐怖を経験した私たちだからこそ、
後世に伝えることが大切だと思っています。
皆様が、心安らかな日々を送れますように。
今日があることに心から感謝して。
コメント
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月日が経つのは早いですね。
世の中はガラッと変わってしまい、少しずつ戻ってきたと思ったら今度は人類を脅かす世の中になってしまいましたね。
基本に帰って、早く元の生活に戻れるようになって欲しいです。
大きな災害が起こり、これまでの平和だった毎日を壊して、早や10年が経ちました。
また、災害に遭われた方にとっては、この毎日が本当に長い道のりだったことと思います。そして、復興はなかなか進まず、当時の傷跡の大きさを、今に伝えています。
加えて、今の厳しいコロナ禍の中にあっても、この日のことは忘れず、次世代に伝えていこうと思っています。
あれからもう10年だね!
早いね!
あのときは病院にいて患者さんを助けるのに必死で動いていたのを覚えています!
いつかまた同じような地震がくると言われてる昨今ですがいつでも動けるように備えていかないといけないよね!
お互いに頑張って生きていきましょうね!
>>もね姫、そして皆さん
一応、この曲の You Tube に於ける URL も貼っておきますね。「東日本大震災犠牲者に捧げる『鎮魂の歌』」。歌っているのは、ボカロの GUMI ちゃんです。御参考まで。m(_ _)m↓
日本語版(原版)
エスペラント版
>>もね姫
「ピタリ10年」ですか…私はあの日のあの時、当時勤めていた東京・飯田橋の食料品店(震災のほぼ1年後の2012年の3月末で廃業)でレジ打ちをしていました。地震が起きた瞬間は、「その尋常ではない揺れの大きさと持続時間」のせいで「ついに、東京直下型地震が来たか!」と勘違いしました(勿論、すぐ後に直下型ではないと判明したけど…)。
それにしても、寒かったですよね…あの晩…あの日私は風邪をひいていて「今日は、仕事が終わったらさっさと帰ろう」と思ってたんですよ。なのに…陸上の交通機関がバスを除いて全面的に運転を取りやめた為、飯田橋からあの寒い中を長時間歩いて帰らされたので、風邪が余計に悪化しちゃったんですよ。「自分は『神様なんて居ない』とは言わないけど、神様はやはり、意地悪だ!」と心底思いましたよ。帰りの途中の神田岩本町の辺りだったかな?外壁がほぼ全面ガラス張りのビルディングが在ったんですが、その外壁のガラスが何枚も割れてしまっていたのを見て、これも心底怖くなりました…(写真とか TV でそういうのは見た事がありましたが、直接、直にこの目で見たのは初めてでした…)
とにかく、いろいろと考えさせられた晩でした。今更ですが、犠牲者の方たちの御冥福を心よりお祈り申し上げます。m(_ _)m
(地震が起きた午後2時46分送信)
☆コメントをくださった皆様に☆
こちらのブログには私の想いを書かせていただきました。
コメ返は控えさせていただきます。
城川もね