「あーぁぁぁぁー」
縁側で首を振る扇風機に叫んでみた。
この場所へ来るのは、ざっと思い返してみても10年以上前になる。
夏休みになると決まって、この親戚の家に家族で遊びに来るのが恒例のイベントになっていたが、中学生になった頃から寄り付かなくなっていった。
日本海からほど近い山手に建つ一軒家はゆっくり過ごすには良い環境だったが、思春期の美奈子には物足りなかったのだ。
それ以来、ずっと会っていなかった叔母さんは急にふらりと現れた彼女に「あら、綺麗になって」と一言言うだけで、大げさに騒ぎ立てる事もなかった。
それが今の美奈子には心地が良い。
日帰りのつもりが、気が付けばもう三日目になる。
何も考えず、縁側に座布団を敷いてゴロゴロと風に吹かれていた。
庭先では麦藁帽子の叔母さんが汗を垂らしながら洗濯物を干している。
「叔母さんにもこの気持ちは誰にも分らん、って思う事、ある?」
「へぇえ?」
「んん、何もない」
釈然としない靄に絡まれて、美奈子は浮き上がれそうにもなかった。
「明日、浜で花火大会やけど、美奈ちゃん、行くか?」
夕飯の席で叔父さんが切り出した。
「へぇ~行きたいな、花火かぁ」
「うちの子らにも声掛けたんやけど、そんなくらいでいちいち実家に帰ってられんって笑われたわ」
叔母さんはそう言うと、折角だからと明日の昼間に浴衣を揃えに出かけようとも誘った。
「明日が楽しみ」
美奈子はその日、花火を見に行く夢を見た。
―次の日。
アレやコレやと悩んだ挙句、二人は白地に紺の藤が描かれたシンプルな浴衣をお揃いにする事に決めた。
それを見た叔父さんは「下着を派手にせんとな」と嬉しそうに笑い、出かける前から気持ちが良さそうだった。
アルコールの缶片手に「ほんなら、お先に」と出かけた叔父さんを見届けた後、二人は連れ立って花火大会の会場へと下駄を鳴らした。
「叔父さんが誘ってくれたのに、叔父さん、一人で見に行くの?」
「うんん、あの人は近所の釣り仲間と集まって飲むがお決まりやから、気にせんでエエよ。どっちにしても出てく前からつまらん事言ってたから、花火なんか見てないわ」
「そっか」
「うん」
「あ。そういえば、昨日花火見てる夢見た」
「はは、美奈ちゃんもあの人に負けへんくらいせっかちやな」
「多分、本間に楽しみやったんやと思う」
「そーかぁ、良かったわ」
そんな事を話しながら会場に到着すると、海辺にちらほらと出ているちょうちんと屋台が暗くなりつつある風景によく栄えていて、美奈子は幻想的な世界に浸りつつあった。
「ビールでも呑んどく?」
叔母さんは帯から小銭入れを取り出すと、美奈子の返事を聞かぬまま「生、二つ」と注文をし、「美奈ちゃん、から揚げ買ってきて」と、その小銭入れを預けた。
言われるがまま屋台へ向かい、から揚げ片手に振り返ると、簡易のベンチに腰掛けた叔母さんが大きく手を振っていた。
「かんぱーい」
二人はプラスチックのコップで乾杯すると水平線に沈んだ太陽の残り火をぼんやりと眺めながらコップを傾けた。
「綺麗。何か、花火が上がらんでもこの景色だけで満足や~」
怠けた体にアルコールが回り、いい気分だ。
「またせっかちな事言って」
ほんのり赤く染まった頬の叔母さんが悪戯にそう言った。
「ひひ」
それから暫くの間、波打ち際ではしゃぐ人の声を聞き流しながら、何を話すわけでもなくその時を待っていた。
「もぉ、時効やからなぁ~」
「?」
「もぉ~時効やからゆうても良いんかな~」
唐突に叔母さんが呟くので、それが美奈子には可笑しかった。
「何を?」
「ん?昔の話」
「何、それ?」
「ふふ」
叔母さんはニヤニヤと笑いながら「ビールお代わり!」と美奈子に小銭入れを再び預けた。
「帰ってきたら教えたる!」
「う、、ん」
別に教えてくれようが教えてくれまいが、買って来るけど。と、何故か勿体ぶられている感が気になったが、美奈子がベンチを立つと、空に大きな花火が上がり、同じく沢山の歓声が上がった。
真っ黒い空に神秘的な炎の大輪が咲くー。
「綺麗!」
そういって空を見上げた叔母さんの横顔は花火の明かりに照らされて美しく、瞬間、美奈子は見とれてしまった。
「わぁ、、、、きれぇ、、、」
思わず漏れた言葉に自分でも驚いたが、その後スグに向き直り、空のコップを揉みながら美奈子を急かる叔母さんだとは思えないほど、その瞬間は美人に見えた。
「あ。行ってきます」
「はい、気をつけて」
「うん、」
美奈子は屋台に向いて歩き出したが、スグに叔母さんを振り返った。
ヒューっと打ちあがる花火を眺める背中しか見えないが、さっき見た横顔が見えているようでぼーっとしてしまう。
―ジャリッ
足の甲に落とした小銭入れを拾いあげると、美奈子は小さく駆けた。
~続く~
読んだよ。
なんか前よりも文章がこなれてきた気がするなあ...
続き待ってます(来月かな?)。
花火に照らされた叔母さんの顔...
原始的で、陰影深い、悲しい彫刻のような美しさなんだろうなあ...
全部読み終わってから感想言うね。